はまてん先生の徒然日記

徒然なるままに教育や読んだ本、思うことなどのよしなしごとをそこはかとなく綴ります。

全国大学国語教育学会第135回東京ウォーターフロント大会の振り返り(シンポジウム編)

 

 こんな事情で傷心状態だったのだが、今日もまた「ブログ見てます」という言葉を頂いたので、奮起して書く。自分が良いなと思う先生方は詩を研究したり実際に書いたりしている人が多い気がする。

 さて今回の記事は、

hama1046.hatenablog.com

 と

 

hama1046.hatenablog.com

 との間、1日目午後のシンポジウム『「文学国語」という考えかた―新学習指導要領下における国語科教育の再編―』を扱う。最近は文学と「感性・情緒」の側面という考え方に疑問を抱いている。日本文学協会の主張する文学の読みによる自己倒壊が常に起こるとすれば「感性・情緒」の側面を押し出してもよいが、やはり滅多のことでは起きないような気がする。

 

  上の本を読んで考えたい。

文学と深く向き合っていないからこその考えなのかもしれないが、問いを基に読んであくまで叙述に即した自分なりの読みを表現するような「高等論理国語」として文学を扱っていきたいなと個人的に思うのだ。IBや以下の本影響が強いのだろう。

 

教室における読みのカリキュラム設計

教室における読みのカリキュラム設計

 

 

 

 

歴史的視点から(早稲田大学 教育・総合科学学術院 幸田国広先生)

 

 科目再編の背景と国語科の中で文学を切り分ける考え方は戦後すぐから既に議論されていたことを資料によって示す内容だった。現在指導して下さっている先生が国語教育史の専門なので現在話題になっていることも実は既に議論されているということはあるあるだと知っている。しかしながら過去の文献や主張を丁寧に追っていくことに価値があるのだろう。

 修士論文の一部として総合単元学習に今日的な探究の要素を見出し価値づけたいなと最近は考えている。

 新科目構成の必然性と意義として「曖昧なものがはっきりする」ことを挙げていた。「国語総合」を「現代の国語」と「言語文化」とに二分化することは中教審答申に挙げられた国語科の課題に応える・義務教育との接続と内容の高度化専門化・選択科目への基盤として必然で意義のあるということなのだろう。

 「現代の国語」は「方法知」、「言語文化」は言語を相対化する「内容知」という解説は思い切った解釈だと思いつつ、必履修科目が独立してあるのではなく互助的な働きをするものだということを示す意味で非常にわかりやすいと考える。

 文部科学省は今回の科目再編で高校国語科教師の頭を「教材ベース」から「資質・能力ベース」に変えようという意図があるのだろう。

 国分一太郎・奥田靖雄・熊谷孝・草部典一の名は初めて知ったので、彼らがどのような考えを持ち、どのような影響を与えたかについても示された文献から考えたい。西尾・時枝論争については断片的な知識しか知らないので初学者にも分かりやすい(双方の主張・対立点と共通認識・国語科教育への影響について分かる)文献等あればぜひ教えていただきたい。

 

「文学国語」へ「文学国語」から―読み/書きの行為を通して、喜びを味わう経験を重ねる場をつくり出す(広島大学 山本隆春先生)

 

 大村はま国語教育の会記念国語教育の会でもお話を伺ったため、二週連続の山本隆春先生である。

 冗談はさておき、実際教員や研究者になる院生が多い(印象がある)広島大学筑波大学の大学院という環境は正直うらやましい限りである。高校生時代センター試験後に東京学芸大学B類国語から当時家から通える範囲で確実に入れる国立大学であった埼玉大学に志望校変更したことや東京大学大学院を昨年9月に受験したことなど進路選択に後悔はないが視野の狭さは否めない。今のところ自分の選択が良い方向にいっているから良かったものの、視野を広げる必要があるなと。

 まず、山元先生は「「文学」とは何か?」についてテリー・イーグルトンの『文学とは何か』の「人間と著述との、一連の関わり方」という言葉を紹介している。実に抽象的で正直よくわからない。文脈に即して理解する必要があるのだろう。

 

文学とは何か――現代批評理論への招待(上) (岩波文庫)

文学とは何か――現代批評理論への招待(上) (岩波文庫)

 
新文学入門―T・イーグルトン『文学とは何か』を読む (岩波セミナーブックス)
 

  上の本や梶井基次郎檸檬』について調べていた時に知った

 

文学とは何か (角川ソフィア文庫)
 

 などの本を読んで自分なりの考えを形成したい。しかしそもそも自分が文学と深く関わらなければ仕入れた考えも貧相なものとして口から出ていくことになるかもしれない。文学に関わらず「○○とは?」という問いについて教師は考え続ける必要があるのだろう。

 次いで「文学国語」という科目について指導事項と言語活動例について示し、科目の概要について確認した。この部分は実にさらっと流していたが「B読むこと」の言語活動例オの「アンソロジー」という言葉に触れ、集める・選ぶために読むことが出来る活動だと意味づけていたことが印象的だった。教師が与えた作品だけでなく、選択の仕方や観点を示し、生徒と作品との出会いを確保することも大事なのかなと。

  「文学国語」の働きとして山元先生は以下の5つを挙げていた。

(1)文化的対話の入り口を提供する

(2)言葉の文化の働きを「使う」

(3)想像力を駆使する練習

(4)優れた学び手/小さな専門家を育てる

(5)教科「国語」の問い直し―教師を育てコーチを育てる

上記についてレジュメを基に気になったところを挙げていく。

(1)文化的対話の入り口を提供する

 Applebeeの「教育というものは子どもたちに、自分たちの生活と生きている世界についての文化的な対話の入り口を提供するものだという考え方はカリキュラムの問題について考えるための良い出発点となる」という言葉、それに対する山元先生のカリキュラムには「対話領域」が必要という考え方はなるほどと思わされた。

(2)言葉の文化の働きを「使う」

 

東日本大震災後文学論

東日本大震災後文学論

 

 この本の中の宮本道人「対震災実用文学論―東日本大震災において文学はどう使われたか―」で紹介されたコールドスポット性・自他問答性・トランスサイエンス性・シミュラークル性・震災前文学性についての話が興味深かった。是非本書の記述に当たりたい。また同文章の中で取り上げられている

 

女川一中生の句 あの日から (はとり文庫)

女川一中生の句 あの日から (はとり文庫)

 

 は甲斐利恵子先生の「国語教室通信」でも紹介されている。授業者の教材に対するアンテナの高さの重要性を日々実感させられる。

(3)想像力を駆使する練習

 山元先生の紹介したアメリカの高校国語教師ケリー・ギャラガーの著書のタイトル「Readicide」(日本語で言えば読殺)や副題「How Shcools Are Killing Reading And What You Can Do About It」にはドキリとさせられる。ギャラガーはケネス・パークの「想像力を駆使する練習」という言葉についての言説を引用し、本を読めば読むほど子どもたちが複雑な現実世界を想像力を駆使して理解する力が付くと主張しているそうだ。この側面を国語科教育でどれほどカバーできるか考えなければならない。

 (4)優れた学び手/小さな専門家を育てる

 理解方略を習得させ、「幅広いテーマや興味・関心やジャンルの本や文章を探究することに駆り立てられる」というところに興味を持った。やはりIB文学から学ぶところは多い。

(5)教科「国語」の問い直し―教師を育て、コーチを育てる

 ハマることをどう促すかということで、

 

イン・ザ・ミドル ナンシー・アトウェルの教室

イン・ザ・ミドル ナンシー・アトウェルの教室

 

 が紹介されている。同著にも引用されているルイーズ・ローゼンブラットの考え方はより深く知りたい。

 

読者反応を核とした「読解力」育成の足場づくり

読者反応を核とした「読解力」育成の足場づくり

 

  邦訳は出ていないそうだが、上の本にローゼンブラットの交流理論が紹介されているそうである。名著が名著を呼ぶ。抜け出せぬ読書の沼である。(なんていうほど読んでいない)

 

文学教育基礎論の構築 【改訂版】CD-ROM

文学教育基礎論の構築 【改訂版】CD-ROM

 

 上の本はなぜCD-ROMがついているのですか?

 非常に充実した内容で山元先生のもとで博士課程が過ごせたらさぞ良い学びになるのだろうと思った。

 

読書を調べる、教える 国語教育の新しい地平へ(早稲田大学 和田敦彦先生)

 

 面白い切り口である。和田先生の研究対象は「読書」である。

 

読書の歴史を問う: 書物と読者の近代

読書の歴史を問う: 書物と読者の近代

 

  読書の意義を語ることも勿論大事だ。しかし検閲など本との出会いが阻まれた時代について知ることによって翻って、今読書出来ることを考えることもあるだろう。

 

 や『イン・ザ・ミドル ナンシーアトウェルの教室』にてアトウェルのカンファランスによってヘレナが見事な書評を書いた

 

 などを読むことも「読書とは?」を考える契機になり得るのだろう。(読んでいないので断言できない)

 

実に充実したシンポジウムで多くの宿題をもらった気分である。

全国大学国語教育学会第135回東京ウォーターフロント大会の振り返り(一日目・自由研究発表編)

 

hama1046.hatenablog.com

  上の記事の続編である。順番の前後に関してはご理解頂ければと。

 

 午前中は第四会場、主に書くことの研究の分科会に参加した。多様な切り口の研究があるんだなと考えさせられた。

 

「ありのまま」に書くことの今日的意義(北海道教育大学大学院・院生 金田唯人さん)

 ちらと聞こえてきた話に寄れば、この方もM1だそう。来年二回発表すればよいかなと考えていた自分の甘さを恥じつつ、発表内容の完成度に恐れ入った。

 彼の問題意識は「自己学習能力」に不可欠な「自己評価能力」を「書くこと」においてどのように育成するかということだった。そこで「言語化能力」「ありのまま」に書くことを考察したというのが発表の趣旨であった。

 「自己学習能力」と「自己評価能力」との関係については

 

教育評価 (岩波テキストブックス)

教育評価 (岩波テキストブックス)

 

 を引用していた。「自己評価能力」はいわば自分を言語化できることであり、その機会や手段として「ありのまま」に書くことが生かされるのだろう。生活綴方の先行研究から「ありのまま」という概念を図式化し、浜本純逸の言う「言語化能力」の育成に資するものだと考察していた。

 彼自身が高等学校の教員になるとのことだったので、中等教育段階でどのように「ありのまま」に書くことを促し、その活動を「自己評価能力」につなげるかについても研究して頂きたいと思った。このことを引き出せたのは私の質問に対する彼の真摯な対応によるものである。研究発表に優劣はないのは百も承知だが、来年の誕生日辺りに彼に負けぬ発表をしたい。

 

読書感想文の書き方指導―論理的表現力指導の一環として―(東京都台東区立東泉小学校 西山悦子先生)

 夏休み課題の定番、読書感想文の問題点を取り上げ、指導法と教材の提案、書き方指導の実際と評価を示したものだった。型をしっかりと与え、児童全員が書くことのできることを指導という意味でただ書かせる指導より価値がある。

 そもそもコンクールは読書指導を意図したものだが、教師は作文指導と捉えているという乖離を指摘するフロアの意見もあったが、全員に書く力をつけるということに力点を置いていると強調していた。

 とは言え、書かせる意義として同じ文章を読んでも感想が異なることを知るや友達の書いた文章を基にした新たな読書を生む可能性についても西山先生は認めており、力点の差こそあれ読書感想文は読書指導と作文指導どちらかと言い切ることは難しい。課題に文学的文章の読み方指導を挙げており、型を与えればすべて解決という単純な問題でないことが伺える。読みの深まりを生む書くことについての研究も見てみたい。

 

文章構成に着目した論理的文章の書き方指導―小学校から大学までの小論文を見通して―(新島学園短期大学 増田泉先生)

 先行研究の検討から小論文と文章構成の定義を行い、それを活かした指導の実際を示し、成果と課題を挙げるという内容だった。

 参考文献にある木下是男・井上尚美・鶴田誠司諸先生方の本は読まなきゃなと思いつつ手が伸びていない。

 

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

 

  ベストセラーを未だに積読している男。渡辺哲司先生によればパラグラフ・ライティングを日本で初めて持ち込んだのは木下先生らしい。今回の発表で扱われていた木下先生の『レポートの組み立て方』も読んでいきたい。

 井上尚美先生は現在主たる先行研究と思われる酒井雅子先生がお世話になった先生ということもあり、特に論理的思考についての著作は見ていかなければと。

 

思考力育成への方略―メタ認知・自己学習・言語論理 (21世紀型授業づくり)

思考力育成への方略―メタ認知・自己学習・言語論理 (21世紀型授業づくり)

 

  これの基になる本が大学図書館にあり、積読にしている。目次を見てもあぁ読みたいとなるが、今は

である。

 鶴田先生には国語と総合について言及する研究があり、学ぶべきところが多い。修士課程の試験後読んでおけと言われたのに未だに宿題である。

 本題に戻る。増田先生は「一段落一事項」「はじめ(全体の概略)・なか1(具体例1)・なか2(具体例2)・まとめ(考察)・むすび(結論)」の構成、文字数の規定で小学校及び勤務校の大学生に書かせ一定の成果を上げた。

 研究の成果として文章構成への意識が文章の主張と根拠を明確にして論じようという意識につながったことを挙げられていたのが興味深いと思った。中等教育段階の指導についてやより抽象度の高い課題の小論文にどう対応するかへ研究が進むことを期待したい。

 

国語科クリティカル・ライティング指導の研究(1)―高等学校「書くこと」の指導の現状と課題―(三重県立飯野高等学校 澤口哲弥先生)

 まず「国語科クリティカル・ライティング」とは、批判的教育学を母体としたクリティカル・リテラシーの理論を参照した「ことばの社会的背景やその意味を捉えなおす方略」である「国語科クリティカル・リテラシー」という澤口先生が提唱する理論的土台とした「書くこと」のことであり、将来的に理論化することを目指すそうだ。

 参考文献によれば、澤口先生は広島大学大学院教育学研究科で「国語科クリティカル・リーディングの研究」という博士論文を書き上げたそうだ。今後は「国語科クリティカル・ライティング」の理論化に向け研究を進めるのだろう。

 澤口先生は書くことの現状と課題を探るべく、現行学習指導要領下の「全国大学国語教育学会」の自由発表や『国語科教育』の研究・実践論文、日本国語教育学会『月刊国語教育研究』、日本教職員組合の教育研究全国集会のリポートを「書くこと」の4つの指導事項(「題材の設定、情報の収集、内容の検討」・「構成の検討」・「考えの形成、記述」・「推敲・共有」)と「社会的実践に導く指導」の5つの指導累計で分析した。

 調査・分析の結果、課題として澤口先生は「①クリティカルに世界を捉えて書くという指導理論・実践が少ない」・「②書く前段階の意識付けや情報収集・吟味の指導理論・方略が確立していない」「③推敲することに関する指導理論・方略が確立していない」ことを挙げた。次回以降の発表でどのようにこれらの課題を解消する術を示すかに注目したい。

 質疑において中等教育段階で実践されている「卒業論文」の内容・形式の検討が「書くこと」をより「社会的実践に導く指導」にする上で役立つのではということをお伝えした。必要な研究ではあると思うがとにかく面倒なので取り合ってはくれないだろう。ここはいずれ自分でやろうと思う。

 

中・高等学校における論理的表現力を育成する教材開発(青山学院大学 長谷川祥子先生)

 長谷川先生は論理的表現力を育成する、論理的文章を書くための教材開発を目指している。そのために中高の教科書分析や小中高校生の作品の考察、これまでのワークの検討、それらを踏まえた教材案の作成を行っていた。

 今後の課題として、示した教材案を実際に使用させることで成果と課題を明らかにし修正することを挙げていた。

 これまでのワークの検討のところになかった樋口祐一先生が問題作成を行った「CriticalThinking」(学研アソシエ)を質疑において紹介したが、主旨がうまく伝えわらなったのか「教科書に文学はいらないと個人的に思っている…」という話をされてしまった。

 参考文献にある

 

はじめよう、ロジカル・ライティング
 

 

 

レポート・論文をさらによくする「書き直し」ガイド

レポート・論文をさらによくする「書き直し」ガイド

 

 は読んでみたいなと。

 

思考ツールを活用した大学生の小論文指導(2)―文章作成力の向上を目的としたピア・ラーニング―(安田女子大学 学習支援センター 山田貴子先生)

 正課外の小論文指導を思考ツールやピア・ラーニングを導入して行った実践報告及び効果の検証が主たる内容だった。

 大学の初年度教育は初等中等国語科教育の内容が必ずしも踏まえられていないことや学生の困り感(何を書けばよいかわからない・どうやって書けばよいかわからないなどアンケートの結果)から初等中等国語科教育で学んだ知識が技能として定着していないことを大学で行われる文章作成支援の課題として挙げている。大学の初年次教育のニーズが高まる中でこうした実践は非常に価値がある。

 中等教育の国語科教員になるものとしては書くことを技能として定着させることも見越した指導をしていかなければと思わされた。

 書く指導が充実しない理由として、指導の大変さや添削量の多さがあるだろう。ピア・ラーニングによる指導が確立され、中等教育段階で実践されることを期待したい。(頑張ります…。)

 

昼休みの院生・若手研究者交流会は非常に充実していた。

 本当に素晴らしい企画。佐渡島先生のご指導を受けている早稲田のドクターにいる方とお知り合いになれました。向こうの方からお声かけ頂き、書くことと考えることとの関連についてお話しました。引用について研究なさっているそうで博士論文がレポジトリに出たら是非読みたいなと。今後共同研究など協力出来るようになれる関係が築ければなおよいです。

 竜田徹先生と少しだけお話ししました。シュッとした聡明そうな方。次回認知していただけるよう頑張ろうかな。

院生とも知り合い、テーブルに着くやいなや「もしやあなたがはまてんさん?」という愉快な事態になりました。呑みの場で院生と教育や研究について語り合う日が来るなんて…。群馬の地で再会を誓う。

発表者でもよいなら是非お力添えしたい。

 教科書会社の方の強力なリーダーシップのもと(やはり問題意識がすごい。発言量も多めでした。)それぞれの研究内容、文法の意義、古典学習、デジタル教科書についてそれぞれの考えや知見を共有しました。議論の内容は参加者のみの秘密ということで。次回開催があれば共に議論いたしましょう。

 

 

全国大学国語教育学会第135回東京ウォーターフロント大会の振り返り(まずは二日目)

 順番前後してすみません。怒涛の学会ラッシュで書くことが多すぎるが、時間は作れていないというダメダメっぷり。

 

hama1046.hatenablog.com

 

大村はま記念国語教育の会平成30年度記念大会の続きも必ず記事にしなければ・・・。

 現在は甲斐先生の国語教室を見学させていただいている。大学院の先生方の理解もあり、15日まで大学院の授業を休み、国語教室に張り付きじっくり単元の種まきや進め方、授業者による反省の視点(ここが大事だなと気付かされた)を学ばせてもらう予定だ。このことも記事にすることで自分の学びの記録及び他の学生や先生方に知ってもらう機会となるようにしたい。(許可を取ります。)

 

中学校 国語授業づくりの基礎・基本 学びに向かう力を育む環境づくり (シリーズ国語授業づくり)

中学校 国語授業づくりの基礎・基本 学びに向かう力を育む環境づくり (シリーズ国語授業づくり)

 

 

 この本を予習のためと購入し、読了している。しかしなんと先生から「差し上げようと思っていた」という言葉を頂けたので人生初著者から本を頂ける機会となるかも・・・。

 

 PC持参し、発表内容を打ち込んだ二日目の内容を先に示す。一日目の内容もしっかりとまとめていきたい。

 

課題研究発表「国語科教育を問いなおす② 言葉」

 

ポップカルチャーは児童生徒の言語/物語環境をどう変えるのか」東京学芸大学千田洋幸先生

 

 東浩紀柄谷行人見田宗介を引用し、現代は大きな物語(単純な近代)が崩壊した小さな物語に依拠する虚構の時代(再帰的近代)であることを示す。もう一つの世界をメディアが保障する時代となった。加えて2000年以降は自らの身体が拠点となる(聖地巡礼・コスプレ・踊ってみた等)。

 ポップカルチャーの視覚性が作り出す言語/物語環境の例としてキャラクターを挙げる。ライトノベルはストーリーよりキャラクター重視したもので、イラストと合わせて読むことが必須となる。読者の中でキャラクターが育成されるのがライトノベルの読書にあるプロセスだそうだ。ポップカルチャーの聴覚性が作り出す言語/物語環境の例としてボーカロイドを挙げる。

 目や耳や体を生かした読解の可能性、文化リテラシーの拡張を指摘。学校におけるポップカルチャーに対する抑圧をなくそう。映画などは既に教材として組み込まれ始めている。そして、スマホはもはや学習者の脳の一部となっているのだろう。

 

人工知能は読者/作者になれるか」横浜国立大学 藤田彬先生

 

 藤田先生は新井紀子の門下生だそうだ。

 

AI vs. 教科書が読めない子どもたち
 

 

 しかしながら、RSTが本当に教科書を読む力を図っているかなどといった理由からAI研究者と教育者の立場との中立的な立ち位置でAIに何が出来、何が出来ないか、そこから人間にしかできないことを我々に教えてくださった。

 ゲームは、「知識表現は一意かつ明確」であり、「状況判断がしやすい」ため得意だが、「大学入試」は複雑な解釈を要求するものもある。(単語で回答するファクトイド型を解くのは可能。だからGMARCHにも受かるのか?)

 また俳句を詠むAIを紹介し、文法・季語等の決まりを守りつつも人間の作る句にはない面白さがあることも紹介した。AI研究はボトムアップ式に進んでいったと認識していたが、トップダウン式研究も今後求められる。AIの立場から察する力共感する力の育成を国語科学習に求めていた。作文添削に活用できるものなどAI研究には教育応用部門もあるという。今後AIとの共存を実現するためにこうした研究をキャッチアップしたい。(あわよくばジェネリック利用・共同研究したい)

 

「文学をマルチモーダルに読み解く学習の可能性」(日本体育大学奥泉香先生)

 

 LINE等口頭表現の特徴を備えた書記テクスト、エヴァンゲリオン風フォントのような色や文字デザインに凝った書記テクスト等のような昨今の学習者を取り巻くテクスト環境の変化を示し、再び画一化から離れる動きがある。

現状、国語科で学ぶ内容を「ずらしたり、組み合わせたりして読んでいる。

カランジスとコープ(ニューロンドン・グループ)が新たな形態や種類のテクストに出逢った時に学習者が既有の知識を総動員してそのテクストから意味を構築するための「手がかりを探す方略の力」を付けられる学習の経験の重要性を指摘したことを紹介し、国語科で必要な学習を提案する。そのヒントとしてクレス(2010)の雑誌や広告、絵本の学習材化、「モード概念」の導入の考え方を示す。さらに「MR」(member resources)概念の導入や「MR」を省察する学習を提案する。今後の課題として

 メタ言語概念は新たな暗記を強いるかという浜本純逸氏の質問に対し、発見学習を通して得た発見に概念を与えることはあっても暗記事項を増やすというようにはならないのではと回答。

 

藤森先生によるまとめ 

 様々な発表によって「言葉」とは何かを考える機会を得た。文字が視覚的表象を持つということを指摘した樺島忠夫のエッセイ(以前教科書掲載)は参考になる。既存の概念を見直す必要があるのではないか。

 

 

パワーライティング入門: 説得力のある文章を書く技術

パワーライティング入門: 説得力のある文章を書く技術

 

  立ち読みした結果お金もないのについ買ってしまった・・・。まだ通読できていないが、新学習指導要領下の教科『現代の国語』や『国語表現』の参考になるのではと考えている。新学習指導要領と合わせて読みたい。恐るべし、大修館。恐るべし、パワーライティング。

 菊野先生想像通り聡明そうでいながらかつガタイもよいという。来年の学会でまたお話出来るよう研究頑張らねば。

 

国際バカロレアにおける「言語と文学」「文学」の授業から国語科のあり方を考え直す―教科横断的キー概念(key concepts)・能力にもとづく学習指導を手がかりに―

第1回DP(Diploma Programme=高2・3)における「言語A」を中心に

 こんなことを考えていたことや東京学芸大学中村純子先生にぜひうちの講座に!といわれたことで結局またIBから学ぶことにした。

 

「言語A」の概要・「言語A:文学」の学習指導(国際基督教大学 半田淳子先生)

 

国語教師のための国際バカロレア入門

国語教師のための国際バカロレア入門

 

  先生曰く上の本は研究会の成果としての編著であり、今なおIBについて勉強中だそう。

 

文学の学習は、人類が日々生きているうえで出合う複雑な営みや不安、喜び、恐怖などを象徴的に表す方法を探究するものである。

文学の探究を通して、自立的に考え、独自性に富んだ、批判的かつ明晰な思考の発達を促す。(『「言語A:文学」指導の手引き』)

 

 IB文学は感性・情緒面の育成が目的ではない。(≠『文学国語』)そのような理由から『文学国語』でどのような作品を扱い、どのように読むかに関心があるそう。

 IB文学はテーマがあって授業するのではなく、学習者が自身の視点で作品を読み・解釈する中で抽出される概念の形成を重視するという。ここについては、IBも教師が選択した文学にある程度貫かれた概念は存在するため、それを生徒がどのように考え、どのように表出するかを重視・尊重するといった方が良いかもしれない。

 

「言語A:言語と文学」の学習指導(元アメリカンスクール・イン・ジャパン 内藤満地子先生)

 

 発表にレジュメがなかったために慌てて箇条書き。文学で育成する力について考えさせられた。以下はその内容である。

「文学」

文学批評の技法の理解使用、独自に批評する力と自分の考えの裏付けをもって構成。

「言語と文学」のみ

言語や文化や文脈(コンテクスト)がテクストをどう決定するか。

「言語と文学」コースのテクストは情報の出典と成り得るものすべて

「言語と文学」に求められるスキルは言語スキル・テクストの詳細分析・視覚的スキルの三つだという。それぞれの能力については要旨集参照。

概念理解を促す問いでどのように探究へと学習者へ導くかが重要と主張する。ここはIB以外でも大いに参考にできる。

作品・作者・文脈・読者から考える

比較・対比の重視は異なる解釈や意味の再構築が出来る。

EX)天声人語(2011/12/04)とポスターとの比較(絆の意味について論じる)

Dエリクソン(2008)概念理解に重点を置いたカリキュラム(←詳しく知りたい)

概念とは複数の事実や知識に共通する、あるいはそれらを統合する大きな真理認識

内容・スキル・概念が概念理解に重点を置いたカリキュラム(今のところ私が考えている国語科学習カリキュラムの理想形に近い)

都立国際改発祐一郎先生の研究が参考になるそう。

 

 

言語A「文学」に埋め込まれた概念・能力―「翻訳文学」を中心に(東京都立国際高等学校 高松美紀先生)

 

 発表の趣旨は言語Aにおいて、どのように概念的理解が埋め込まれているか、それがどのように学習効果をもたらすか、実践を通して明らかにすることであった。「日の名残り」を扱った実践の紹介はあったが、概念についての話が中心という印象だった。

 「変化」という概念について示されたことで、他の教科学習との共通点・相違点が見えてきたのが興味深かった。

 小論文執筆の中で二つの作品を比較・対比する中で共通点・相違点は生徒が考える。関連付け・比較スキルが求められる。

 概念理解は生徒中心であり、教師は発問・スキャフォールディング等ファシリテーターとしての力量が求められる。

 

IBDPで読む古典―謡曲をテキストとした実践 日本語A 文学HL Plan4(東京学芸大学附属国際中等教育学校 杉本紀子先生)

 

 Part4は自由選択、古典をここで扱うことが多い。評価はプレゼンテーションとディスカッションで行う。

 学校図書中学2年国語に能の敦盛、大修館古典B隅田川のみと国語科教科書における能の扱いは非常に少ないといえる。

「能」の意義として時間・場所・空間(舞台)や様式美・叙述の美、テクスト間の関連性を考えるうえでよいということが挙げられる。

 事実を問う問いは探究のスキャフォールディングと成り得る。段階を踏まえた問いをどのように組み立てるかないし生徒に作らせるかが重要になる。

 DP文学における古典の良さとして、具体的を踏まえて抽象化された観点やテーマを想定しやすいこと、典拠関係や影響関係を見出しやすいこと、修辞の多様さから詩と異なる観点から主題と表現の関係性を考えられること、背景となる時代や社会を考えることで「歴史」や「TOK」と連動させて学ぶことができることが挙げられた。

 

 講座終了後はずっとファンであったsekit先生にご挨拶出来たり、二日連続で院生呑みが出来たりと個人的に充実しておりました。

 

 

大村はま記念国語教育の会平成30年度記念大会の振り返り(実践発表編)

 大村はま記念国語教育の会平成30年度記念大会が広島大学教育学部附属中・高等学校で行われた。優れた教師や生徒を輩出してきた伝統校である。また、広島市大村はまも度々訪れたゆかりの地であるという。そうした場で行われる研究会に参加できたことは国語教師の卵としても非常に価値あることと思う。 

実に研究会日和でした。

遅くなり申し訳ないです。

 

本を読んで語り合う授業を作る国語科教育実践(東広島市立向陽中学校居川あゆ子先生)

 まず、居川先生は発表の前に何故本を読んで語り合う授業をつくるのかの理由として生徒が望むからであると説明し、このような取り組みを三年間継続したことは全国学力・学習状況調査(特にB問題)においても有効(4技能は全国のスコアより10ポイント以上上回っている)だったことを示した。生徒が本を読んで語り合う仕組みを作った単元は、よく読み書き話し聞くものであるためこうした能力を伸ばすのに有効であると感じられた。

 第1学年重松清『タオル』を使った実践では授業前に行ったアンケートの結果から、生徒は「他と交流して,自分の意見を広げたり深めたりするという意識が不十分」であるとして他者と話し合う意識及び読むことCオの定着を目標とした単元を展開した。

  『タオル』を読む前に学習の枠組みを作るため、『こうえんで…4つのお話』という絵本を活用した学習を行っている。

こうえんで…4つのお話 (児童図書館・絵本の部屋)

こうえんで…4つのお話 (児童図書館・絵本の部屋)

 

  作品の『4つのお話から成っており、4人の主人公が同じ出来事を自分の感じたように語っている。物語の構成・視点・描写等を考えるのに適した教材である。情景が人物の心情を表しており、情景描写から心情を考えるのにも適している』という特徴を生かし、グループ活動を行っている。このグループ活動では「課題1 作者の工夫を見つけましょう」「課題2 作者はあなたに何を伝えようとしていますか?」に取り組む。

 このグループ活動で使用するワークシートは、まず課題に対する自分の考えとその根拠を書かせるようになっていること(話し合いに参加できる土台作り)、友達の考えを記録する枠があること、再度自分の考えを記入するところとふりかえり(与えられた項目で自分の活動を3段階評価する)、授業の感想(自由記述)があるという点で素晴らしい。話し合って終わりにさせない工夫が凝縮されている。

 「13の視点」という様々な観点での問いを示したワークシートを配布し、それについて考えさせたうえで、人物関係図やあらすじを書くことで『タオル』の内容をざっくり捉えさせる。

 その後「13の視点」から生徒は選択した課題を基に組んだグループで10分ほど考えを交流する。その前後にはやはり個人思考の時間が確保されている。ワークシートも最初に書いた自分の考えが友達の意見によってどのように変化した言ったかが見取れる構成になっている。

 グループ交流の後に行う「あゆ子の部屋」が効果的だと思った。「あゆ子の部屋」は察しの付く通り徹子の部屋のパロディである。司会を担う授業者を交えたグループでの話し合いでその他の生徒はそれを見学する。①グループでの活動報告②司会が報告を基に質問③全体での交流という具合で進行し、それを全グループに対して行う。個々のグループの学びが全体に還元されかつユニークな活動である。

 この「あゆ子の部屋」をすべてのグループに対して行った後に選択課題の答えを600字程度で記述させる。今回の発表で紹介されていた生徒の解答は最初の答えとその根拠、グループ学習を経た考えの変容、現在の答えとその根拠を丁寧にまとめることが出来ていた。

 評価テストでは8割近い生徒がB評価以上であると言え、意識調査において本の内容を話すもしくは話すことが好きだという生徒の割合が授業前のアンケートと比べ倍増していた。こうした実践の積み重ねが「仲間を求める人」になることへつながるのだと思った。

 居川先生による同一教材での第3学年の実践はこちらの論文にも取り上げられている。

http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/3/39723/20160414104831980637/CSNERP_14_43.pdf

 しかし、当該論文と発表資料の学習の流れがやや異なっているので資料の方のポイントや学習の流れについても触れる。

 この単元の良さの一つに学校司書との連携が挙げられる。学校司書が課題の設定や情報の収集整理の場面で授業者とともにアドバイスを行うことでより専門的かつきめ細やかな指導が実現する。

 

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  授業での学校司書との協力の重要性は上の記事においても取り上げており、国語科と探究とのかかわりの深い関心事の一つだ。

 発表資料を基に学習の流れを紹介する。

【1次】教材文「冥王星が『準惑星』になったわけ」や資料(ネットニュース記事や教材文筆者による別の文章)に書かれていることから「もっと知ったり深く考えたりしてみたいことという視点で学習課題を設定する。学習の見通しを持つ。教材文の内容を整理する。

【2次】図書やweb資料を活用し、必要な情報を収集・選択し、それらを引用してカードにまとめる。選択した情報を整理・分析し、課題の答えをワークシートにまとめる。

【3次】課題に対する中間発表を行う。発表を聞いて疑問に思ったことを質問する。

【4次】指摘があった事柄について情報の再収集を行い、新たな情報を整理・分析し、課題の答えを完成させる。

【5次】完成した文章の交流を行う。知識を広げたり自分の考えを深めたりすることはできたか、次に読んでみたい本を考え読書計画をつくることができたか、学習した内容を生活に生かす場面を考えることといった振り返りを行う。

 読書のジャンルに偏りがある・学習センターとしての図書館の機能を主体的に活用していない・課題解決のために様々な本や文章を読んで、知識を広げたり、自分の考えを再構築することに課題があるといった問題意識から始まった単元で、図書館において情報を得るために様々な本に手を伸ばすような情報読書が行え、知識の拡充考えの再構成の手段としての読書の良さを実感できる良さがある。説明的文章はどうしても読んで分かった気になるものであり、そこから問いを立て探究するような学習とはなじみにくい印象があった。本実践は説明的文章を起点にした国語科授業における探究の可能性を示している。

 その他様々な本を読んで語り合う実践の締めくくりに作る「中学生のうちに読みたい100のお話」という文集は他の学年の本を読んで語り合う授業の起爆剤になったそうである。私もこうした優れた実践を行い、生涯読書に親しむ人へ育てていければなと思った。

 

小説「舞姫」冒頭部の映像化(大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎広島大学大学院教育学研究科博士後期 松岡礼子先生)

 

 

 この中の山本隆春論文で提案されている「三つの位相」に応じた「舞姫」の読みを基に本単元は構想されているそうだ。https://www.jstage.jst.go.jp/article/kokugoka/76/0/76_KJ00009554713/_pdf/-char/ja

http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/41622/20170120112447443720/BullGradSchEducHU-Part2_65_139.pdf

 松岡先生はこれまでも映像と読解について研究・実践なさっている。今回は表題の通り「舞姫」冒頭部をiPadの簡易動画作成ソフトiMovieを活用して映像化している。文章を映像化することは自ずとそれを解釈する過程が生じ、それによって読みが深まるという構造を持っていると気付かされた。

 まずグループ音読でテキストに触れ、映像化する「舞姫」冒頭部の絵コンテ作成、動画制作、「私の一文」という「舞姫」における文の引用もしくはテーマを基にした作文を提出させ文集を作成、最後に篠田正浩監督(1989)「舞姫」を見て鑑賞文を書くという単元の流れだ。

  成果物の様子からも映像化によって読みの深まりが明確に見て取れる実践だった。またそれ以上に、出来ない生徒に注目するのではなく、出来る生徒の学習過程を追いどのように伸ばすことが出来たかと思い悩んでいる様子が印象的だった。

 

 過去二回の受賞者はよく研究会でご指導いただく、大学及び大学院の先輩だった。今回の受賞で地方の優れた実践者にもスポットライトが当たることを期待したい。新聞を活用した平和学習の実践だそうだ。審査講評で先生が頑張り過ぎるのではなく、生徒に活動をゆだねてもよいのではという言葉が印象的だった。第10回までに自分も受賞できる実践を展開できる力を付けたい。ひそかな野望である。

 

 長くなりすぎたので理論研究及び講演の振り返りについては後日に回したい。

  

 

 

 

 

【予習】甲斐先生の国語教室における探究的要素

 30日から赤坂中学校にて授業見学させて頂く。甲斐理恵子先生は今年の日本国語教育学会全国大会にて筑波大学附属中学校2年生を対象とした公開授業を行っていたことが記憶に新しいだろう。ご存知の方も多いと思いが、まずは先生の評価や人柄について簡単に紹介したい。

  甲斐先生はよく大村はまの流れをくむというような紹介がなされるが、お話する中で先生はありもしないことをよくも…とあきれ顔で否定なさった。

 

 先生が登壇されている研究会は大体大村はまの冠がついていたりするので以下の評価も頷ける。一般的なものであろう。

 先生は大村はま国語教室を読んで学び、とことん教室で生徒と向き合い実践を積み重ねたプロフェッショナルと呼ぶべき一教師である。なお「プロフェッショナル」という言葉はあすこま先生の発言から拝借した。ぴったりの言葉を与えられる人になりたいと思う今日この頃。

 

プロフェッショナル宣言 (星海社新書)

プロフェッショナル宣言 (星海社新書)

 

 

 国語教育界隈ではあまり評判がよくない印象を受ける齋藤孝先生。そんな齋藤先生の『プロフェッショナル宣言』を読んだのが2年前。時の流れの速さを感じる。私は結構齋藤孝先生の著作結構好きなのだが。別の著作で書いていたことと同じことが本に書かれていたり、最近はメディアの露出に忙しかったりするのがファンとしては残念である。彼が国語教育に一層貢献することがあればかなり面白いのにと思うのであるが…。

 

 話を本題に戻そう。

 甲斐先生は修士課程を修了後、東京都公立中学校に現在に至るまで勤められている。自分としてはやはり修士課程の意義というものがここでも見受けられるなと思うと同時にやはり修士課程修了にはそれだけ教師としての価値が求められるのではと改めてプレッシャーを感じた。単元についてだけでなく教師としての振る舞いについても先生を見て学び取りたい。

 

 以降は私の手元にある2つの単元資料をもとに甲斐先生の国語教室における探究的要素を紹介したい。

 

スピーチ大会―「質問力を考える」(月刊国語教育研究2012年9月号より)

 

 この単元は協働する力の中でも核となる「質問力を考えるという意識化」に焦点を当てたものである。質問力は相手の探究に協力するような協働的に探究する態度を育む基盤となる。探究を行っている学校は探究のスタートと成果物提出との間に中間発表を設けることが多く(ex.玉川学園「学びの技」におけるポスターセッションや大学や院での研究活動)他者からの質問が探究を前に進めるということを身をもって実感している。

 

質問力 ちくま文庫(さ-28-1)

質問力 ちくま文庫(さ-28-1)

 

  甲斐先生は上記の本を国語教室通信で紹介し「単元の種まき」を行った。スピーチ大会と銘打っているが、スピーチの質ではなくその後の質問に力点を置くことを1時間目で確認している。「質問そのものを吟味する授業なので、質問されても答えなくていいと伝える」ほどの徹底ぶりである。この姿勢に目標達成のために指導内容盛り込み過ぎない授業の典型が見て取れる。以下に「学習の流れ」を引用する。

 

一、スピーチの内容を考える・・・・・・・・・・一時間目

 ①夏の体験を振り返る

 ②内容についての発表(何について話すの?)

二、スピーチ内容を形にする・・・・・・・・・・二時間目

 ▶原稿を書く(三百字程度)

 ▶練習する

三、練習・・・・・・・・・・・・・・・・・三時間目

 ①先生のスピーチ

 ②質問

 ③スピーチ順番決め・質問用紙の説明・準備

四、スピーチ大会・・・・・・・・・・・・・四・五時間目

 ①スピーチ(話す・聞く)

 ②質問

 ③質問に対する先生の講評

五、まとめ・講評・学習のふりかえり・・・・・・六時間目

【目標】

■質問の種類について考える

■いい質問とはどのようなものかを知る

■話題に応じていい質問をする

 

  手段であるスピーチはサクサク準備させ、重要な質問を考えるための工夫をしっかりととっている。肝になるのは三時間目以降である。まず三時間目に先生のスピーチとそれに対する生徒の質問を行い、四・五時間目の活動のシミュレーションを行ったのが非常に良いと感じた。四・五時間目はスピーチ→質問用紙の記入→質問発表→先生の講評と進んでいく。この方法によって多くの質問やそれに対する先生の講評から学ぶことのできる。六時間目で言語活動の中の学習をしっかりと振り返り、価値づける。他の単元や日常生活での活用を経てさらに質問力を高めていくだろう。なお、先生は当該単元を「インタビューの力をつけるためのスタートと地点」に立たせたものと振り返っている。

 

単元「学ぶ」ということ再考(月刊国語教育研究2013年7月号より)

 

 この単元は何らかの目的を達成しようとして、情報を得るための読書である「情報読書」を取り入れたものである。対象学年は中3、実施時期は1月であり、中学校での学習の集大成かつ高校における学びへの橋渡しとなる単元だ。単元は内田樹氏の二つの文章から情報収集・整理や考えの形成を行い、それを交流して文章を書くことに収斂させるという構成になっている。以下にプリント「学習の流れ」を引用する。

 

一、「負け方を習得する」内田樹を読む・・・・・一時間目

 ▶定義づけながら筆者の価値観を読み取る

 ▶要旨をまとめる

二、「学ぶ力」内田樹を読む・・・・・・・・・・二時間目

 ▶定義づけながら筆者の価値観を読み取る

 ▶要旨をまとめる

三、要旨のまとめ~友達の文章を読む・・・・・・三時間目

四、話題・問いを出し合う

   話題・問いを吟味する

五、話し合い(読書会part2)のための発言メモ

六、話し合い「学ぶ」ということ再考・・・・・・四時間目

七、文章を書く(200字)「学ぶ」ということ再考

 ▶書き出しを考える

 ▶文章を書く・・・・・・・・・・・・・・・・五時間目

八、まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・六時間目

 ▶友達の文章を読む

 ▶講評・学習の振り返り

 【目標】

■筆者の価値観(ものの見方考え方)を「定義づけ」という方法で読み取る

■非文学の文章を読んで、語り合うことの楽しさを知る

■話し合いで積極的に発言し、文章に書いて、自分の考えを深める

 

この単元を考えるうえで単元間の有機的なつながりは看過できない。甲斐先生も「関係の深い単元」を挙げている。特に評論を「定義づけ」して読む・評論を語る力をつけることを意図した「シンポジウム「聴くということ」」や問いを立てる力や話題を吟味する力の育成を意図した「読書会のために~高瀬舟~」はこの単元を行う際に不可欠なものといえる。これらの単元についてお話が伺えたら改めて紹介したい。

 余談ではあるが、読書会の意義については以下の記事にも書いている。

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 読書会は学習者の国語の力を総動員させるような良さがあり、学習者は本を読んで語り合う楽しさを知るとともに一段階力を伸ばせると確信した。

 

 少々長くなってしまったため一度ここまでで投稿する。今後大村はま記念国語教育の会大会について書き、それを書き終えたら甲斐先生の授業見学で学んだことや南部国語の会主催国語教育研究会で発表なさった単元「フクシマを持ち寄ろう」(素晴らしい過ぎて感動のあまりほぼ認知されていない状況にも関わらず声をかけにいってしまった)日本国語教育学会全国大会で実践された単元「批評の心が生まれたとき」の探究的要素についても書きたい。なお、後者の単元については

 

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 にも書いている。飛び込み授業でここまで出来るとは!と驚くばかり。詳細は月刊国語教育研究の11月号にも掲載されるので併せて参照されたい。

【授業見学記】お茶の水大学附属中学校(自主研究ラウンドテーブル編)

 

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 昨日に引き続き授業見学の振り返り。中3が夏休み前に提出し終えた自主研究の歩みを振り返り、中2中1の後輩に伝えるというようなものだった。各学年3人ずつでラウンドテーブルで和気藹々とした発言しやすい形式だった。

 発表者は自身の探究の浮き沈みを折れ線グラフで表現し、何が良かったのかまたは何が良くなかったかや探究を経て学んだこと、後輩に伝えたいことを書き加えた1枚のポスターを基に発表を行っていた。

 個人情報に当たるので発表者がどのような研究をしていたかの詳細については伏せる。社会学系1人芸術系2人の発表を拝見した。

 最初に発表した生徒は研究の対象が広すぎて問いを絞ったことや司書さんに紹介してもらった本を愛用したことを語っており、いや高校生の時の私か!と思わず笑ってしまうほど共感した。

 2番目に発表した生徒は作曲を研究の軸にしており(このタイプのテーマが意外と多いのだそう)、いきなり作曲しようとしてうまくいかなかった経験から曲の分析を経て作曲に挑戦するという試行錯誤の過程がまさに探究だなと思った。作詞も行い、100回以上の書き直しをしたそうでその努力に驚いた。

 最後に発表してくれた生徒は偶然にも先の記事にも書いた読書会で大活躍していた。彼女はとてもまじめで、分析したことや成果を逐一記録したことで探究がうまくいったと熱弁していた。そんなしっかりした生徒ながら問いを立てる段階で何をすべきかやりたいことが多すぎて焦点化できないことに悩んでいたり、記録ノートの記入をめぐって最初に発表したこと舌戦を繰り広げていたりしたのは何とも中学生らしかった。

 個性豊かでテーマも探究方法も異なる三人の発表者に共通していたのは、自分で楽しめるテーマを設定することを後輩にアドバイスしていたことである。探究の良さはその過程だけでなく、問いを立てる際に自分が本当にしたいこと好きなことは何か自問することにもあると考えている。いわゆる優等生こそこの経験が欠落しがちなのではないかと最近は考えている。(事実進学実績の向上や東大推薦枠の影響からか母校の生徒の知的水準は前より上がったそうだが、問いがなかなか立てられない、個性的な探究はなかなか出てこないといった問題が出てきているそうである。)

 探究をサポートするうえでどこまで計画やスキルについてアドバイスするかについて探究指導する先生にインタビューしてみたい。高校時代に受けた探究指導は月1の成果報告→アドバイスという形式だったので自分のような計画性のない人間にはきつかった。

 

思考を深める探究学習: アクティブ・ラーニングの視点で活用する学校図書館

思考を深める探究学習: アクティブ・ラーニングの視点で活用する学校図書館

 

 現段階の私ならこういう方向性を示してくれるものを活用させながら、随時生徒の相談に乗るような指導をするかな。国語科の中の調べ学習で部分的に扱うかも。

 自主研究ラウンドテーブルを拝見し、探究の普遍性とそれを研究することや指導することの難しさに改めて気付かされたのであった。

【授業見学記】お茶の水女子大学附属中学校(ブックカフェ編)

 昨日お茶の水女子大学附属中学校にてブックカフェの授業と自主研究ラウンドテーブルを拝見した。国語科の先生方なら名前を聞いたことがあるであろう渡邉光輝先生が上記の実践を公開してくださったのだ。今回の記事はブックカフェの様子や単元の持つ良さを中心に振り返る。

 

ブックカフェ 

 ブックカフェは自分も実践したいことの一つで、特に中学生がどのような話し合いをするのかが非常に楽しみだった。拝見したクラスの選書は以下の通り。

怪物はささやく』『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』『羊と鋼の森』『君たちはどう生きるか』『穴 HOLES』『あと少し、もう少し』

 中学生が読んで語りたくなるものという選書がなかなか難しかったそうで司書の先生と二人三脚で行ったそうである。私が実践する際に課題になりそうだ(小説を読む経験の深刻な不足…)。

 私は先の本の中で最も読みたいと思っていた『君たちはどう生きるか』の読書会をしているグループに張り付いてみることにした。

 

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

 

  生徒たちの本には多くの付箋がついており、読書会中それを基に何度も本の叙述に帰っていたのが良いなと思った。付箋は4色で青が疑問、緑が伏線、黄が気になる言葉、赤が共感できるところとなっており、読み進めていた時の気持ちを残すことが出来る非常に良い手立てだと思った。

 生徒たちは本文の叙述から時代に注目し、この本が書かれたのはどのような時代だったかPCで調べていた。始めは本とは関係ないところに興味を持ってしまったのかなと思って見ていたが、私の見当違いだったことが明らかになった。本が書かれた時代は戦争に向かっている時期であり、そんな中で「どう生きるか」を問うた著者は反戦主義だったのではないかということに気付いたのだ。

 教科書によっては「こころ」などの文章から近代という時代を読み解こうとする手引きがあり、そのことに対し違和感を抱いていたが、今回の読書会の様子を見て、完全に時代を見る手引きに賛成というわけではないが文学から時代を見るということも面白いかもしれないと考えを改めた。

 読書会では先の気付きのほかに、漫画に対して主題がはっきりしすぎ!や野球の場面の叙述の書き換え、本に出てくるノートについて書くことは残すことだなど様々な興味深い話で盛り上がっていた。

 読書会後生徒たちは渡邉先生の指示に従い、グーグルスプレッドシートに読書会の振り返りを記入していた。話したことを振り返り意味づけることが読書会の価値を知るうえで重要だと感じた。単元の終わりには話し合ったことを参考にレポートを書くという。

【参考】ブックカフェ単元の流れ(配布資料参照)

第1次(1~3時)作品を下読みする(中間テストに本の内容を出題するなど本を読ませる工夫もあり)

第2次(4~6時)読書会に向けての準備(作品の内容確認、話す問いを考える)

第3次(7・8時)第1回読書会「君はこの本どう読んだ?」第2回読書会「この作品の魅力とは?」(本時)

第4次(9時)話し合ったことを参考にレポートを書く

 

 やはり読書会を充実させるためには、途轍もない苦労と緻密に張り巡らせた手引きや単元計画、本の充実が必要なのだと授業後渡邉先生や司書の奥山先生参回の先生方との感想意見交流の場で考えさせられた。

 しかし今回の授業を見てブックカフェに挑戦したいと思わされた。2017年お茶の水大学附属中学校紀要論文などを参照し、理論面もしっかり学びたい。