はまてん先生の徒然日記

徒然なるままに教育や読んだ本、思うことなどのよしなしごとをそこはかとなく綴ります。

備忘録がてら今後の予定

 昨日は国立国会図書館での資料収集、今日は三省堂の国語総合教科書分析と教科書研究を中心に動いている。特定の教科書に絞れなかったために、全ての国語総合教科書の学習の手引きに対しかなり薄い分析をするのが精いっぱいという苦しさがある。

 三省堂「高等学校国語総合 現代文編」の「<いま>を読む」はなかなか興味深かったが、実際に教科書を使っている方々はどう見ているのだろう。

 教科書の学習の手引き分析は各教科書会社の特色が垣間見えてきて面白い。ただし労力はかかる。

 

 さて、今後の予定である。

10/7 教員採用説明会&選考会2019 

私学研究も兼ねて。東京都高等学校国語科の受験も考えているが最近は私立に心が傾いている。来年度非常勤講師をやるか迷っているのでお話を聞けたら。開智日本橋学園は割と本命。

10/17 埼玉大学附属小学校研究協議会

実習でお世話になったのもあり。担当させてもらったクラスの授業と実習で指導教官をして頂いた先生の授業を見ようかなと。学校を挙げて取り組まれている思考力研究も魅力。小中高大の国語教育に関われたらとひそかな夢を抱いている。

10/20 大村はま記念国語教育の会研究大会

 私が所属し勉強させていただいている研究会に多大なご協力を頂いている苅谷夏子先生が事務局長をなさっている。苅谷夏子先生といえば、

 

教えることの復権 (ちくま新書)

教えることの復権 (ちくま新書)

 

 

この著作でも有名だろう。またしてもちくま新書である。教師―教え子―教育学者によって作られた本が今まであったろうか。読んだ時の衝撃は忘れられない。教え子から見た大村はまも興味深い。ということで今年も広島大学附属中・高へ。

10/27・28 第135回全国大学国語教育学会東京ウォーターフロント大会@武蔵野大学

国語科教育学を学ぶ院生たるものここで発表せねば。まずは来年のために敵情視察。院生若手交流会では明日の国語教育を共に担う教師の卵、共同研究させてもらえるような研究者の卵とお友達になれたらなと。素晴らしき試み。初日は第四会場、二日目は第三会場でとことん書くことを考えようかと考えている。ラウンドテーブルは悩ましくまだ決めかねている。

11/10 筑波大学附属中学校研究協議会

 昨年度の公開授業はとても素晴らしく生意気にも卒論に組み込んでしまった。今年はお世話になった先生の授業が見たいが願いは届くか。

11/23 大阪教育大学附属池田地区附属学校研究発表会

教育研究会 | 大阪教育大学附属池田中学校

「探求」の字が気になるが、IB国語研究会で知り合った先生が授業なさるということで。出来れば同じ時間に行われている総合も見たかった。ワークショップは八田幸恵先生の「教育評価入門―資質・能力をはかる評価とは―」に参加予定。

12/1  日本国語教育学会高等学校部会第75回研究会@群馬大学

 「探究的に学びを深める古文指導―『徒然草』を用いた授業実践」が気になる。群馬大学はちょっと遠い。

12/9 日本国語教育学会大学部会研究会or筑波大学附属高等学校教育研究大会

どちらに行くかは今後の情報次第。

 

 渡邉先生にご連絡した結果、いつでも授業を公開しているがこの日はゆっくり話が出来ないので別日が良いかもとのことだったのでこの日には行かず、冬の青春18きっぷで12月中旬に伺おうかなと画策中。

 

 教育学研究科院生として素敵な予定が充実しているが、今日偶然見かけたクリスマスの五文字に打ちのめされそうなはまてんなのでした。

【書評】紅野謙介『国語教育の危機―大学入学共通テストと新学習指導要領』

 

でおなじみの(笑)

である。

hama1046.hatenablog.com

『情報生産者になる』読了から6日。ちくま新書熱冷めやらず、『国語教育の危機―大学入学共通テストと新学習指導要領』も読み終えた。

発売前から国語教育界をざわつかせていた『国語教育の危機―大学入学共通テストと新学習指導要領』。タイトルのインパクトもあって購入したが、予想を裏切らない内容を備えている。

 全体の概説は上のツイートに詳しい。

 大学入学共通テストに関しては、紅野氏の分析通り育成すべきあるいは評価したい学力と乖離したやや残念な出来栄えであると思ったが、今までに無いものを作り上げねばならない中で改革のインパクトを現場に与えたことには価値があると考えている。

 実際、担当している高3の生徒に見せてもらった直近のベネッセ駿台マークの第3問(古文)は二つの歌論が本文として示されたものであった。内容こそ本文から根拠を拾えば解ける程度であったが、生徒からすれば混乱は計り知れない。現高1を担当している先生は現行の教科書を駆使し、どのような授業を組み立てるかが問われている。手元に平成24年度検定の教科書しかないので、現在国語総合でどのような実践が展開し得るかについては憶測の域を出ないためここでは言及しない。ただ、先に大学入学共通テストを「今までに無いもの」と述べたが、実際には公立高校や国立大学の入試問題に創意工夫を凝らした面白い問題が多々あるので、そういったものから着想を得て授業を組み立てるのも意義があるのではないか。

 

 

全国大学入試問題正解 特別編集 思考力問題の研究

全国大学入試問題正解 特別編集 思考力問題の研究

 

 

高くてとても手が出せないが、こういったものも見てみたい。

  新学習指導要領に関しては当然危惧するところもあるが、文部科学省が教育を変えたいと考えた末に作り上げたものだからその意思を汲み取って、今から新学習指導要領下の実践について考えていきたいと考えている。新しい時代の教育の成否は指導要領だけによるのではなく、現場の教師がどのような実践を作り上げるかや研究者がいかに現場の教師とともに歩んでいけるかによるのだ。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/068/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/04/01/1369033-6.pdf

ここで示されていることは的外れなこととは思えない。この新学習指導要領を良いものにしていくために必要なのは不必要な業務の縮小等により実現する時間の創出である。IB教育のように教師の創意工夫が存分に発揮される実践が各地で行われるためには教師の心身のゆとりを確保することが急務である。とあるIB校の先生曰く一年の半分は勤務校に行っていないそうである。高大接続改革で見せているよなダイナミックな働きかけを是非教師の働き方改革にも向けていただきたい。

 さて弱小ブログの届かない願いはさておき、『国語教育の危機―大学入学共通テストと新学習指導要領』の魅力に話を戻そう。個人的にこの本の本当の魅力が見えてくるのは258ページからなのではないかと考えている。無論、それ以前に展開されていた実際の文書に対する建設的な批判は必読である。忙しくてプレテストや新学習指導要領を見られていない人にとってはこれほど分かりやすい導入はないと思われる。世田谷区の教科「日本語」の事例から冒険的な改革の持つ危険を示している部分には、さながら『モアイは語る―地球の未来』においてイースター島の事例から地球の瀕している危機を示すような相似を示すような論展開の面白さと説得力があった。

 

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

 

 

話題のこの本についての言及もあり。どのような点で賛否両論を巻き起こしているのか知るべく今年中には読まねば…。

 国語教育における論理的思考力や野矢茂樹氏の著作についても言及している。野矢氏の文章は国語の教科書にも登場する。高等学校の教科書に掲載されている文章はやや難解だった覚えがあるが、中学校の教科書に載っていた文章は非常に良かった。東京書籍『新編 新しい国語2』に所収されている「哲学的思考のすすめ」である。「恥ずかしい」という感情について哲学的に探究した説明文で、内容も分かりやすく読者たる中学2年生が他の感情について探究したくなるであろう出色の文章である。筑波大学附属中学校研究協議会で拝見した公開授業でその存在を知り、自分ならどう実践するか楽しみになった教材である。

 以降からあとがきにかけては、著者の「国語」への思いや国語教育に携わる者たちが

 

「歴史的改革を正しい道筋へ戻す」ことへの期待が述べられている。

 

 新学習指導要領の改訂は実施までの期間はさほど残されていない。この大きな波に乗るか飲まれるかはあくまで現場の教師次第である。

 

【書評】上野千鶴子『情報生産者になる』

 

情報生産者になる (ちくま新書)

情報生産者になる (ちくま新書)

 

 安定のちくま新書

上野千鶴子『情報生産者になる』(ちくま新書)読了。381ページというボリュームであったが、続きが気になり気付けば約1週間時間を見つけてはこれを読むという生活を送っていた。本越しに熱量が伝わる。上野さんの教育がこの一冊に凝縮されてい… https://t.co/puPxj5HRMq

 「はじめに」において上野先生は、現場において学生が「情報生産者になる」ことを重視して指導していたと書いている。そんな上野先生の指導がこの本を通して伝わってくる。私は探究を通して、「知を求める人」を育成したいと考えている。中等教育と高等教育、現場は違えど理想とするところは変わらないと思った。理想を具現化するためにはある程度の体系が必要であり、この本は上野先生が作り上げた一つの体系を読者にもたらす。

 

この本には上野先生が作り上げた情報生産の方法論が量質ともに非常に充実している。探究と国語科との関連を研究している身である私としては、この賜物をいかに中高という実践の場に還元するか考えてみたいと思わずにはいられなかった。探究・国語科それぞれに活かせる部分が多いにあると確信している。

 

「Ⅰ 情報生産の前に」

 p.13からは情報生産の前段階として、情報や問い、学問について丁寧に説明されている。情報はノイズによって発生するというのはなるほどと思わされた。何事も自明だと思っていると情報は発生しない。外山氏の言う「セレンディピティ」を思い起こした。

 

乱読のセレンディピティ (扶桑社文庫)

乱読のセレンディピティ (扶桑社文庫)

 

  

 以降は時系列でツイートを基に振り返る。

『なぜならあなたの立てた程度の問いは、あなた以前に、あなた以外のひとによって、とっくに立てられていると考えるところから研究は出発するからです。』(上野千鶴子『情報生産者になる』p.22)

 先行研究を批判的に研究せよというところでの一節。情報にアクセスしやすくなったというが自分が求める先行研究に巡り合うのはなかなかに難しい。

 

  現在の研究の軸となる参考文献は上の本。のアメリカのクリティカル・シンキング教育を概観し、日本のクリティカル・シンキング教育や国語科教育に示唆を与えている点で価値がある。早く購入したい。酒井先生が示したp.258『図7-1「哲学的」討論から見た探究教育の構造』は現在行われている優れた探究実践の構造と符合する。

学習の手引きの分析した研究絶対にありそうなんだけど…なかなか良いのが見つからない。

 現在の悩み・・・。良い研究があれば教えていただきたい。

 

話を戻そう。

p.28-30に国語教育への言及あり。 首肯しかねる部分もあるが、重要な指摘。

 作文教育及び文学教育について言及している部分。首肯しかねる理由としては、作文は自分の想いを表明するもので学年が上がるにつれて文種を変えていくことや丁寧な指導が必要ではあるが書く意義がないとも言い難いから、文学が問いを孕んだもので問いを考えるうえで格好の教材であると私が考えているから、論理的な文章を増やすことがそのまま論理的な文章のアウトプットにつながるわけではないとかんがえているからである。

 問いをブレイクダウンする、自分の問いを自分で解く等は現在の研究によって分かっていること及び私の考えとマッチするためすんなりと読むことが出来た。

 

「Ⅱ 海図となる計画をつくる」

 探究がさまようものにならないため、学校現場でよく行われるゴールや期限のある探究でやるべきことを見失わないためにも、先行研究の検討や研究計画の立案は不可欠である。具体的な事例や研究計画書に沿って書かれているため意義が理解しやすい。かく言う私の研究計画書も見直さなければならないなと。

 「クレイム申し立ての宛先」という考え方はやはり看過できないと思った。私の研究で言えば、母校の国語科及びそこに勤務したい自分自身、探究に取り組む学校の国語科教員ということになろうかと思う。読んでほしい相手がいればそのために何を伝えるべきか精査することが出来る。自分一人で抱え込むものであればそれを想定しなくてもよいのかもしれないが、研究及び情報として発信する場合は必須の考え方である。国語科で言えば書くことの指導における「他者意識」にも通ずる。

 

「Ⅲ 理論も方法も使い方次第」

 本章では私を含めた初心者が躓きがちな「仮説」や「理論的枠組み」といった方法論について、マルクス主義や「孤独死」をテーマにした研究を具体例に挙げて説明している。

 私の研究で言えば、探究と国語科との関連を明らかにした理論の構築が目的であり、そのために様々に試みられている探究の理論や探究の要素と関連がある国語科の実践を紐解いていくことが求められている。調査方法はある程度限定されてきているが、研究方法すなわちどのような理論的枠組みを採用するかは定まっていないのが現状である。

p.154まで読了。今日はこの辺で寝ます。 豊富な事例と著者のフィールドである社会学の技法の解説が面白い。研究計画書に関しては早速練り直さないと… 次のページからの「Ⅳ 情報を収集し分析する」も楽しみです。

 

「Ⅳ 情報を収集し分析する」

 あらゆる質的情報は言語情報に置き換えられる、言語情報は語・言説・物語の3つの次元があり、論文はいわば言説を文脈化し一つの物語を紡ぐことという指摘が面白かった。

 質的情報の分析法として「KJ法」「うえの式質的分析法」が紹介されていたがこれらは体で覚えることが重要だそうである。再文脈化は普段のゼミでもよく行うことではあるが、新たな発見が起こるというところまで経験したことがない。今後行う予インタビュー分析に取り入れようかと思う。

 半構造化自由回答法のインタビュー調査の方法や意義についてもこの本でよく分かった。自由回答法では聞きたいことをうまく引き出せず相手も困惑する、構造化された面接法は新たな気づきが得られる可能性は低いということであろう。

上野千鶴子『情報生産者になる』(ちくま新書)の「9.インタビューの仕方」は対象者の選択や方法論、心構えについても丁寧に言及されている。『よそのお宅に上がるときには、洗濯したソックスを持参して玄関で履きましょう』(p.183)という文からもその丁寧さが伺える。笑

 相手に与える印象も大切である。

 この章で取り上げられている様々な手法を駆使し、データに語らせる側面も持ち合わせた研究にしたい。

「Ⅳ 情報を収集し分析する」まで読了。 インタビューによる質的調査をどのように行うかは我が研究でも大事なところだ。というかそろそろ研究に協力して欲しい教員の方々にアポイントメントを取らねば… 得てきた一次情報を分析する手法もしっか… https://t.co/KdmqsOCtD9

 ブログを見てくださっている方にもご協力をお願いするかもしれませんが、その際はよろしくお願いします。

 

「Ⅴ アウトプットする」

 目次や論文の書き方について書いてくださるのは有り難い。論文の書き方は上野ゼミ門下で武蔵大学准教授の松井隆志氏の文章を引用しているのも温かみや上野ゼミの雰囲気が感じられてよかった。読んでもらう以上読者にとって負担が少ない読みやすいものにしていきたい。以下は国語学の先生にお勧めしていただいた本。

 

論文・レポートの基本

論文・レポートの基本

 

  探究することに加え、それ皆で共有する情報とするための方法を指導するためにこうした本も参照していかねばなと。

 

  今読んでいるこの本の次に読みたい。

 コメント力は大学に入ってだいぶついてきたかなと思う。量を言うことを自分に課していく中で学んできたこの本で言われているように内在的/外在的、役に立つ/立たないの区別は非常に有効だと思う。

「Ⅴ アウトプットする」読了。目次やコメントについては学部3年でお世話になっていた古代文学ゼミで学んだことを思い出した。卒論提出前に目次検討、必ずコメントすることの重視。京大式カードはなかなか便利そう。修士論文執筆の際は「15 論… https://t.co/3EhdrWmVr8

うちの古代文学の教授はすごいと思う。本当に尊敬している。高校で指導されてた頃のお話を聴きたい。色々なことを学ぶにつけ、本質的な指導をなさっていたんだなと驚かされる。勿論他の先生方も凄いんだけど。最近園長先生としての仕事がお忙しくて構って頂けないのが本当に悲しい。また授業受けたい。

 附属学校園の校長・校長業務希望制にしませんか?まあ、我が母校の校長も大学教授だったし、その恩恵は少なからず受けているから一概には言えないが。

 

「Ⅵ 読者に届ける」

 口頭発表はレジュメを読み上げる方法しか取ってなかったので、大いに反省すべきであると気づかされた。今後発表を多くこなしていかなければならない立場になると思うので課題としたい。

 単著の刊行は人生で叶えたい夢の一つである。単著において自分の問題意識や現状の考えを表明し、読者に探究の端緒を与えることが出来れば、これに勝る幸せはないだろう。そんなコンセプトがある、私が紹介するまでもない本。

 

国語の授業の作り方: はじめての授業マニュアル

国語の授業の作り方: はじめての授業マニュアル

 

 当ブログで最も読まれているのは、以下の記事である。

 

hama1046.hatenablog.com

 

『情報生産者になる』に戻ろう。

これは本当にオススメ。 「探究のプロセス」に必要な具体を備えているし、挿入されているエピソードは厳しくも熱量のある上野さんの教育が垣間見えるものである。探究の方法論を体系化したものには桑田てるみさんの著作にもあるが、高等教育で求め… https://t.co/tWZnoLYPPy

【情報生産者になる (ちくま新書)/上野 千鶴子】この本には上野先生が作り上げた情報生産の方法論が量質ともに非常に充実している。学習指導要領に示されている「探究のプロセス」に必要な具体を備えてい… → https://t.co/h4jKRpPvr7 #bookmeter

興奮覚めやらぬという感じで様々に感想を述べているので是非とも読んでいただきたい。

 探究に興味を持った方は以下の本も参照されたい。

 

思考を深める探究学習: アクティブ・ラーニングの視点で活用する学校図書館

思考を深める探究学習: アクティブ・ラーニングの視点で活用する学校図書館

 

 

手に入れました。 控えめに言って好き。 https://t.co/7buLlLb515

 

 現在の研究に絡めて様々に『情報生産者になる』の魅力の一端を紹介していったが、最後は「あとがき」の上野先生の言葉を引用して筆を置きたい(パソコンですが)。

 

本書が学ぶ立場のひとたちにも、教える立場のひとたちにも、お役に立つことを願っています。

二〇一八年に盛夏に

                                  上野千鶴子

 

 

書くことの教育に対する現在の私見

 高等学校学習指導要領のダイナミックな改訂に伴い、国語科のあり方についての議論が盛んになされている。中でも研究者による問題提起は価値があると思う。自身の立場に胡坐をかかず、現場の教員とともに国語科教育教育について考えていこうとする態度はやはりこれからの国語科教育に携わる者の胸を打つ。

五味渕先生が執筆された『高等学校国語科が大きく変えられようとしています』は必読である。

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 さて、表題の件に移るがここ最近は専ら「書くこと」について考えている。というのも、書く行為には内的な思考を外化させるだけでなく、思考を促す働きがあると考えているからだ。また、書くことの指導における形式と内容とのバランスをとることの難しさに頭を悩ませているからだ。

 平成28年2月19日教育課程部会国語ワーキンググループ資料6のp.11『現行の高等学校国語科に課題と対応(案)』の課題2には、『話合いや論述など「話すこと・聞くこと」「書くこと」における学習が低調』とあり、この課題への対応策として授業時数や活動の増加だけでなく、これまで以上に「話すこと・聞くこと」「書くこと」の指導の体系性が求められることになるだろう。

 日本国語教育学会全国大会の大学部会シンポジウムでは現状の教育(ここで国語科教育としないのは渡辺氏が国語科だけの責任でないと強調していたため)に「論じる」訓練が不足しているということと、パラグラフ・ライティングについて考えさせられた。

 

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  日本国語教育学会全国大会の大学部会シンポジウムでの見聞の詳細は上の記事を笑覧ください。

 

ライティングの高大接続?高校・大学で「書くこと」を教える人たちへ

ライティングの高大接続?高校・大学で「書くこと」を教える人たちへ

 

  データも交えてシンポジウムの内容をより詳細に書いているの上の本。

 あすこま先生の指摘と合わせて検討したいところ。現状パラグラフ・ライティングをゴールではなく、多様な書き方のうちの一つとして指導する必要はあるかなと。

 

増補版 作家の時間: 「書く」ことが好きになる教え方・学び方【実践編】 (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

増補版 作家の時間: 「書く」ことが好きになる教え方・学び方【実践編】 (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

 

  そんなあすこま先生も執筆されているのが上の本である。書き方をどんなに体系的に指導したところで、その活動が好きにならなければ意味のないものになってしまう。(この辺は古典の持つ問題と似ている)それにしても「好きこそものの上手なれ」とはよく言ったものである。この本では、小学校の先生の熱心さとライティング・ワークショップの体系性と魅力(第12章まで)や中・高での実践の可能性(第13章・第14章)が見て取れる。書く経験は書く力の向上だけでなく、それを通して本および著者や作家へのリスペクトにつながり、最終的には生涯読書へとつながっていくのではないかと考えている。ワークショップ授業は実践したいことの一つである。

 

 9/4・5に国立国語研究所で行われた言語資源活用ワークショップ2018に行ってきた際も、書くことについて考えさせられるポスターセッションがあった。言語資源活用ワークショップ2018でブログを書けなかったのは私の知識の不足によるものであって、内容がつまらなかったわけでは当然ない。しかしながらやはり最も興味を持つのは教育への応用研究である。私が最も興味を持ったのは『現職教員による児童・生徒作文の評価基準の分析』という発表だった。当発表内容の詳細は言語資源活用ワークショップ論文集に掲載予定のためそちらに譲る。小中の作文およびその評価が形式よりも内容を重視する傾向が強いのではないかという問題意識に共感した。また、教師による作文の総合評価と形式面の評価とには相関関係が見られ、この結果は教師の評価の妥当性と形式面の評価項目を形成的評価や作文指導に生かせることを明らかにするものだった。内容が良ければ、文章そのものの巧拙を問わないというのは情操教育の側面はいさ知らず国語科教育としてはやはり問題があるといえる。

 

情報生産者になる (ちくま新書)

情報生産者になる (ちくま新書)

 

  上の本は現在読んでいる途中だが、著者の上野千鶴子氏もこうした面への批判している。

 

何はともあれ…

「より体系的な書くことの指導のためにどのような指導方法や内容があるのか」という問いもまた「とっくに立てられている」のである。また新たな探究が始まったのかもしれない。

 

教育学研究科学生の戯言

我が大学は教育学研究科がなくなり、教職大学院に一本化される。こういう大学は多いようだ。

教職大学院は実践的研究者を作る役割ではなく、現場のリーダーを育てる役割を持っている。したがって、現在教育行政が難儀している管理職不足に対しては効果があるが、正直なところ学校教育全体にとっては弱体化を招くのではないかと危惧している。

教職大学院への長期研修で研究を行っていた先生は研究を活かして授業をするのが楽しみだとおっしゃっていたが、翌年度自治体の指導主事に異動されていた。研究がそのまま現場に還元されないと言った実態が教職大学院にはあるのではないか。

いわゆるストレートマスターで教職大学院に進学した者は授業および実習で齷齪しているようだ。課題研究に充てる時間もあるようだが、教育学研究科に比べるとごく少ない時間だろう。教育学研究科の学生は時間的なゆとりがあり、自身の研究について考え行動する時間が多い。教職大学院の学生は自分の研究への興味関心によって動くというよりも、上から与えられた知識を享受し、教育行政にとって都合の良い教師および管理職になるよう扱われているように見える。このことに気がついている教職大学院の学生はいるのだろうか。データは見ていないため分からないが、教職大学院は内部進学者がさほど多くない(選ばない?)ため、他大学の学生の受け皿になっている実態があるようだ。早く管理職になりたいといっている友人が教職大学院に進んでいたのは賢明な判断だと思ったが、教育学研究科との違いを論文の有無という点のみで考えているだけならば教育を担う存在としてあまりに浅薄だと言わざるを得ない。

教育学研究科(およびその他研究科)が教育現場にとってどのような影響を与えているかについては検討が必要だが、自治体のミドルリーダーを要請するという目的以外の大学附属校(研究開発を担う国立大学附属)の教員は教育学研究科(およびその他研究科)の出身が多いようだ。もっとも教職大学院の成果がそういったところに表れていない可能性は否定できないが。私は自身の希望する進路と照らし合わせて教育学研究科を選択した。教職大学院を選択した者にも言い分があるだろう。いずれにせよ双方の顕在・潜在のメリット・デメリットを洗い直すことなしに論じることのできない問題だと考える。

ともかくすぐに役立ちそうなものに一本化し、一見どのように役立っているか見えづらいものを削減して行く流れ(文系大学院の削減、研究に対する冷遇しかり)に一種の虚しさや危機感を抱くのである。私見を個人の見聞によって個人の感情に任せて述べているだけなので、考えるきっかけを提供するものとして話半分で読んでいただきたい。精緻にエビデンスを揃えて論じ直したいところである。

ディズニーアカデミー体験会の感想

www.tokyodisneyresort.jp

 表題の通りである。千葉県浦安市生まれで就学前教育をディズニーリゾートで行ったといっても過言ではない私がディズニーアカデミーの体験会の存在を見過ごすはずがなかった。

 とは言え、今日は「大学・短大・専門学校向けセミナープログラム」の体験会であり少々場違い感があったことは否定できない。しかしながら、プログラムの内容は中高生の学ぶべきことが多々あり、私自身も改めて考えていかねばならないことであった。以下に今日学んだこと、当該プログラムの魅力を述べる。

 

東京ディズニーリゾート・コミュニケーションスキルとは?

 1983年の開園から35年間変わらない、親しみやすさや安心感といったシンプルで普遍的なコミュニケーションをアカデミー担当者と実際に園内で働いているキャスト各1名とともに約2時間学ぶというプログラムである。

 問いに対するディスカッションやゲーム、キャストの体験談などを通して、コミュニケーションの重要性やそれを成り立たせるうえで必要なことについて学び考えることが出来るものだった。本日扱われた問いを以下に示すので是非読者の方々にも考えていただきたい。

・何故パークではゲストとのコミュニケーションを大切にしているのか?

→コミュニケーションの目的を意識させる問い。話が広がり過ぎないようパークに限定している。

・リピーター(再来園者)が90%以上を占める理由は?

・皆さんが目指す仕事が目指す仕事が提供するものは何ですか?それによってお客様はどんな気持ちになりますか?

→ゴールを考える機会を与える問い。

 また、キャストの方はコミュニケーションのポイントとして、挨拶・スマイル・言葉遣い・アイコンタクトの4つを挙げていた。その中でも言葉遣いの重要性についてのキャストの方の体験談が興味深かった。そのキャストの方は、身長が足りずジェットコースターに乗れなかった子に対し、「身長が足りなかいから乗れないね、ごめんね」と声をかけ泣かしてしまった。これ自体はごく一般的な対応である。その後彼の先輩キャストが泣いている子に対し「今回は残念だったけどご飯をいっぱい食べて大きくなってまた乗りに来てね!」と声かけ、泣いていたその子の表情を笑顔に変えたそうである。単に状況に応じた丁寧な言葉遣いだけではなく、言葉を選ぶことで相手の感情が変わるということを意識するのも言葉遣いに含まれるのである。

 

言葉を選ぶ、授業が変わる!

言葉を選ぶ、授業が変わる!

 

  この話を聞いて上の本を読む必要があるなと改めて気付かされた。教師は生徒の思考を分かったつもりで対応してしまうものである。思い込みで声をかけてしまう前に少し立ち止まって言葉を選ぶことを忘れない国語教師でいたい。

 

ディズニーと教育の親和性

 上記の内容は当該プログラムのごくごく一部である。ディズニーの持つ、思いやりの精神やユーモア、説教臭くない形で我々に大事なことを教えてくれるといった魅力は、今後教育の世界にどんどん取り入れていくべきなのではないかと考えている。例えば、私が下手な道徳の授業をするよりもディズニー映画を見て考えたことを共有しあうことの方が実りある学びになるのではないかと思うのである。選択授業などで中高生向けの教育プログラムを軸にした学びを実践したいなと夢を膨らませた一日だった。

全国漢文教育学会教育講座3日目

こんなわけで更新を怠りました。継続の難しさを痛感。

 

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 『三国志』と高校漢文(渡邉義浩氏)

 恥ずかしながら私は『三国志』及び『三国志演義』についてほとんど知らない。そんな私にとって渡邉氏の講義が文献紹介から始まったことは大変ありがたかった。

 

三国志―演義から正史、そして史実へ (中公新書)

三国志―演義から正史、そして史実へ (中公新書)

 

 渡邉氏が入門書として勧めていたのがこの本。「『三国志演義』と『三国志』の違いを説明する中から、『三国志演義』にも民の心情が現れ、『三国志』にも偏向があることを知る。そして、『三国志』の偏向を読み解いて史実に向かう方法を示す。」と自著の優位性を説明する。誰かによって書かれた時点で100%史実に基づくということは有り得ないこと、歴史と物語との関係を見ることにこの本は役立つのではないだろうか。こうした視点でこの本及び『三国志』『三国志演義』について学びたい。

 

三国志―漢文講読テキスト

三国志―漢文講読テキスト

 

 陳寿三国志』本文より名場面を集めたのがこの本。大学のテキストのため、後半から書き下し文や訳が欠けているそうであるが、渡邉氏(y-wata@waseda.jp)に連絡すれば書き下し文や訳の載った解答PDFを下さるそうである。名門私立中高によっては一つの古典作品を徹底的にやるという学び方がある。(現状は不明だが、慶應義塾中3『平家物語明治学院など)私個人としては多様なテクストとの出会いを優先したいので同意しかねる学び方だが、そうした学びを行う際の教材として有効ではないだろうか。

 

三国志事典

三国志事典

 

 渡邉氏が学校図書館に置いて欲しいと勧める一冊。人物・名場面・思想・文学・邪馬台国などについて渡邉氏一人で書き上げたそうである。かなり売れているそうで『三国志演義事典』を準備中だそうである。

 

《十巻完結版》三国志1-10巻(マーケットプレイスセット) (新潮文庫)

《十巻完結版》三国志1-10巻(マーケットプレイスセット) (新潮文庫)

 

 高2まで理系だった渡邉氏を『三国志』研究の方へ導いたという吉川英治三国志』。そんな『三国志』に渡邉氏が語句の注や明らかな誤りを正したのがこの新潮社版『三国志』である。

他多数紹介いただいたが、私が興味を持ったの一部はこの辺り。個人的に出版の背景までお話しいただけたのが有難かった。

その後は考古学的見地から三国志研究がどこまで進んでいるかをお話しなさっていた。私の実力不足でうまく伝えることが出来ないので詳細をここに記すことは諦めるが、文献学と考古学との相互関係によって研究が進んでいるというのは興味深かった。明月記による彗星の発見などが有名な古典と他領域との関わりにも通ずる。国語の各領域についての知識も大事だが、学際的な研究に対する国語の各領域の貢献についての知識も不可欠になってくるだろう。アンテナを張っておきたい。

 

入試漢文―新テストと漢文―(三宅崇広氏)

平成29年度試行調査 問題、正解表、解答用紙等|大学入試センター

 駿台予備校講師の三宅氏がいわゆるプレテストの第5問を扱い、新テストに向けての漢文指導についてお話しされた。以下にその概要を示す。

①リード文・〔注〕・設問にまとめて目を通す。

 注が多ければ多いほど日本語の情報が手に入る。以下に日本語の情報を得るかが漢文においても鍵になる。漢文といえど純粋に漢文を読解する力だけでなく、情報処理の力が求められているのが最近の傾向。

②選択肢選びではなく、自身で答えを出してから選択肢を決める。

 そもそも選択肢を消す作業には時間がかかる。加えて解答者をだまそうとする選択肢を頼ってはいけない。生徒が自分で読み解けるようになることを狙った授業を組み立てる。2択で迷った時読んでいる付近に答えがあることは少ないため、その2択を意識して読み進めるよう指導する。

③見直しの際は自分の選んだ選択肢をまとめて読み、矛盾やつながりを見る。

 全て正しい選択肢を選べている場合、それらをつなげて読むことで、評論ならば要約、小説ならばストーリーが出来上がる。設問や傍線部はその文章の重要なところ乃至作問者が重要だと思っているところにあるはずなので、上記の通りになる。矛盾がみられる場合やつながりが見えない時は、再度選択肢を検討する必要がある。

 この他にも、三宅氏は多くの意味を持つ漢字の使い分け(文法及び語順によって見分ける方法)の指導や比べ読み指導の重要性などをお話しされた。いずれも示唆に富む内容だった。

 やや話がそれるが、センター試験やプレテストにおいても教室における言語活動が想起される問題(平成30年度本試験第1問の問3、前掲プレテスト第5問【文章Ⅱ】)が見受けられる。少々大げさかもしれないがここからも高等学校における授業を変えていこうとする大学入試センターの姿勢が伺える。国語科の不易流行も考えていかなければならない。生意気ながら今後ブログに書きたい読了済みの参考文献を挙げたい。

 

 この本の内容をさらに日本の国語科教育に結び付けて論じることが修士課程における私の課題の一つ。

 

思考を深める探究学習: アクティブ・ラーニングの視点で活用する学校図書館

思考を深める探究学習: アクティブ・ラーニングの視点で活用する学校図書館

 

 この本は前作である

 

中学生・高校生のための探究学習スキルワーク―6プロセスで学ぶ

中学生・高校生のための探究学習スキルワーク―6プロセスで学ぶ

 

 をさらに加筆修正し、探究の必要性や理論面をふんだんに盛りこんでいる充実の作品。教科における副読本ないし中高生に探究指導する際の教科書として扱いたい。

 

ライティングの高大接続?高校・大学で「書くこと」を教える人たちへ

ライティングの高大接続?高校・大学で「書くこと」を教える人たちへ

 

 

 

hama1046.hatenablog.com

 

ここで読まねばと思い、昨日読了した本。「書くこと」の高大接続について自身で行った実験・研究結果等を踏まえて論じた画期的なものでありながら、高校・大学それぞれにさらなる研究の余地を残しているところが魅力である。探究と関わる記述も多く見られる。

 

3日間の講習を終えて

 実に多岐にわたる内容で5000円も惜しくないと思える充実ぶりであった。(貧乏大学院生にとって5000円は大きいのである)修了書に書かれた「天」の字が下の横棒が長い異体字だった(逆にどうやって変換した?)ことは不満だったが、それ以外はおおむね満足であった。繰り返すが全国漢文教育学会が新学習指導要領をはじめとする教育改革の波に対応しようと尽力していることに共感を覚えた。今後の勉強への示唆も得られたため、漢文やその他国語科教育に関わる諸領域への見識を深めるべく研鑽したい。