虎哲の探究

単なる私立校国語科教員の戯言。未熟者による日々研鑽の記録。

第2回読書会@京都の感想まとめ(随時更新)

 

国語の授業の作り方: はじめての授業マニュアル

国語の授業の作り方: はじめての授業マニュアル

 

 去る8月13日、こちらの本で読書会をした。

monkokugo.blog.fc2.com

古田先生が端的に読書会についてまとめてくださいました。今日までにメールで頂いた参加者感想と合わせてご覧ください。

 

まずは私の拙き感想(参加者メール用)、隗より始めよ。

 

「マニュアル」とタイトルにあるものの、安易な方法知に流れず問いを投げかけるようなこの本で思い思いに問いを発し、考え合う読書会は私にとって非常に有意義な学びの場となりました。

主催者ということもあり2回とも参加しましたが、優れた作品はこれまでの作品の流れを踏まえて違った意義づけがなされるものなのではないかという古田先生の考えが聞けたことや、実践に関わる諸問題を取り上げて検討する時間が多かったことなど前回とはまた違った角度から学ぶことが出来たように思います。(前回も勿論実践に関わる諸問題が話題に上がりましたが、古田先生の思想や本がどのように出来たのかといったヒストリーについても盛んに話し合われていた印象です。)

この読書会で得た問いは「私はどのよう教員なのか」です。他の優れた先生方の授業を見て相対化していく中でこの問いを数年間考えていきたいです。

 

 

三井田秀太先生の感想

 

 「他者と向き合い、よりよき社会を作るため」の国語の授業の具体的な形について、古田先生は「これだ!」というものではなく、考えるヒントとしてバフチンなどの言葉を挙げられており、自分自身でまたそれらの文献を読み、考えていきたいと感じた。また、話し合いの中で、古田先生が「(塾や予備校とは違って)学校だからこそポリフォニー的な空間を作れるのでは?」とおっしゃっていて、そのことも授業作りに生かしていきたい。

 そして、それらのことは国語科の目標(あるいは目的)を考える上でも重要なことだと思う。自分の中では目標が授業作りの原点だと考えていて、それについては話し合いの中で少し見えたものもあった。「目標を目の前の生徒の実態から考える」「目標を授業者(指導要領)から考える」「生徒がやってよかったと思えることを目標として設定してさせる」「メタ認知の力をつけさせる」などを授業作りに生かしてみたい。

 

比較的若手の多い場で率直に目標についてを問うている三井田先生の言葉から強さを感じた。教育実習で私を指導して下さった先生が附属に赴任した当初は迷いなどなかったが、今は迷っているということを最終日に話してくださったことが非常に印象に残っている。経験値や知識が増えるからこそ迷いがあると私は思っている。その迷いを素直に披歴できるのは強さだと思う。

 

参加者の感想

 

ミハイル・バフチンアーレントについては第一回でも話題になっていたようです。今回も導入としてバフチンの思想の話になりました。印象的だったのは、教室というのはそもそもポリフォニックだ、という件です。この「そもそも」が大事です。現実には、授業規律や評価、目標や進度、要するに授業者の意向があります。しかし、それら授業者の意向のために、この「そもそも」はどれだけ抑圧されるのか。あるいは、抑圧してしまっているのか。また、どのように、どの程度で折り合いを付けるべきか。対話的であること、他者の前で「who」として立ち現れること、そうしたことを望むのであれば無下にはできない問題であることは明らかだと思います。授業者の権力性を自覚し、よりよい呼びかけを目指した授業づくりをしていきたいですね。

以下は余談です。

 「単に生き残ることは、生きること、生を享受すること、あるいは有意義と呼ばれるような生を送ったりすることとおなじではありませんでした」「若者として、私は情熱的に本を読みました。まるでそれに人生がかかっているかのように読んだのです。情熱に動かされて、私は読みました。情熱をもって、私は読みました。しかし、私は情熱についても読んでいました。最終的に人間の本性、ないしは人間の生についてなにかを理解し、それによって私自身の苦悩が自分に特有の個人的なものである度合いが下がり、人間たちがいたるところでもっている、より広範な苦悩と希望に自分を結びつけられるのではないかという可能性に賭けていたのです」(ジュディス・バトラー「この生、この理論」『現代思想2019,3月臨時増刊号)とあるのが、古田先生や竹村先生(あるいは益田勝実でしょうか)の考える「よい」文学とは何かという問いへの答えとも結びつくだろうと思いながら話を聞いていました。問わず語りではありますが、バフチンアーレントに加え、自分のバックボーンとなる思想について話したくなったのでかきました。

 →「そもそも」を私たちはどれだけ理解できているのだろうか。読書会のキモを的確に感想にまとめ上げられる先生の力量に感服。実をいうと「この先生に参加してほしい」が読書会を京都開催にした理由の大部分であり、本当に来ていただいてよかったなと。バックボーンとなる思想についても語って下さったので私だけのものとせずシェアさせて頂きます。

 

 

 

 参加者の感想

 

読書会に参加させていただき、受けもつ生徒に合わせた授業を作っていくのは自分自身であることを、当たり前のことながら痛感しました。

また、参加者の様々な声をもとにして読書会が進んでいく、今回のような形こそがポリフォニックな空間と言うのだろうかと、浅学寡聞ながらそう思ったりもし、参加者が空間を作り出すことの重要性も同時に学ぶことができました。

本や他の先生方から様々な知識や情報を得ることは、気持ちさえあれば誰だってできることであって、活用し行動していかなければ何にもならないとも思います。できることや現時点で良いと思うことを、地道に実践していこうとあらためて感じた読書会でした。

 

→初任のお忙しい合間を縫って来て下さったことが何よりうれしかった。古田先生から発せられた1年目はそんな余裕なかったという言葉、非常に励まされたなあ。

 

現在大学4年で来年度から院生となるたんぬさんの感想

 

・虎哲さんの振り返りにも「優れた作品」の話題についてありましたが、私も「作品の評価・優れた作品が教員個人によって違うのではないか、という指摘は非常に考えさせられました。「公共的な読み」という話もでてきましたが、生徒が教材によって何かを学ぶという目的がある国語科では、やはり「教員個人の読書にとっての作品」と「授業で取り扱うべき教材」の価値判断は意識して分けなければならないのではないかと思いました。また、その「授業で取り扱うべき教材」にどのような公共的な価値があるのか、ということを定義する難しさ、そこから生徒がどんな学びをできたのかを評価する方法についても、今後考えていきたいと思いました。

・「ポリフォニー的空間」について、それらを教室で作り上げることが目標ではなく、「ポリフォニー的空間」は既に社会や教室の中にあるが、教員の権威などによって塞がれているため、それを開放できるような教室空間・環境づくりをするというお話が非常に勉強になりました。生徒同士の自由な話し合い空間の中の鋭い対立を中心にしていくことを、今後授業づくりの観点の中に盛り込めたらと思います。

・「受験のない高校現場、進学校など、あらゆる現場を貫く軸」についての古田先生のお話を聞き、やはり国語科の教員は、生徒の表面的な技能としての読解力や論理的思考力?を向上させるための手立てに加え、「国語科で生徒は何を考えられるようになるのか」という目標・意義として、何らかの「軸」を持っていなければならないのではないかと改めて思いました。その軸は、あらゆる手立てを考え、目の前の生徒に合った方法を選ぶことで、貫き通すことが可能なのではないか、と思います。私は現場経験がないからこのような甘いことが言えるのかもしれませんが…。

・文学・言語研究の方たちの研究成果を、中等教育の現場に活かすための接続を、修士・博士の人間ができるのではないか、と仰っていたことに関しても、それこそ今学んでいる私達の責務だなあと思います。今回の読書会での学びを活かし、研究頑張りたいです。京都までお越しくださって、本当にありがとうございました。

 

→最年少ながら臆せず議論に入っていく姿に「後生恐るべし」(24歳でこの言葉を言うことになるとは…)と感心させられました。

 

締めははこせんせーの感想。細やかな気遣いが嬉しかったのでメールの文面ママ載せております。

 

先日は読書会の主催をしてくださり、ありがとうございました。

学びの多い会になりました。

簡単ではありますが、いくつか感想や気づいた点をまとめました。

 

・授業の暗黙知言語化することの重要性の再確認。声掛け1つとっても、意図や目的、効果を考えて行う必要がある(指名後の「ありがとう」など)。

・文学の授業の作り方。文学理論の応用。もっと文学理論について学ばなければお話にならないと痛感。

・読むことだけでなく、書くことや話す聞くことの指導はどのような実践をされているのか気になった。古田先生だけでなく、様々な現場での実際も合わせて。

・漢文教材の活用方法について、もっと話を聞きたかった。

 

今回は若手の先生や学生が多く、古田先生へのお悩み相談室のようになった感がありました(勿論、めちゃめちゃ勉強になりました)。今度は「読書会」ではなく、もっとフラットな「研究会」「勉強会」のような形で実現させたいなと思いました。

古田先生には地獄の暑さである京都までご足労頂き、有り難さと申し訳なさでいっぱいです。次回は広島で開催しましょう。

 

今回は本当にありがとうございました。

→「お悩み相談室」的な場となっていたことに関しては、想定される読者と今回の参加者が一致していたことも大きいのかなと思った。前回は本を読んで自分の授業について相対化しようという考えをお持ちの中堅の先生方が複数人いた分レベルが高かったのかも。懇親会の最後に古田先生に「もう読書会はいいよ」と言われてしまったので、勉強会・研究会ならいいのかなと。(ポジティブ)

次回開催については古田先生のご都合も勘案しつつ。

そうだ、授業に学ぼう!(普通に非常勤先で授業があるため私自身行けるかは微妙)

fukuyama.hiroshima-u.ac.jp