虎哲の探究

単なる私立校国語科教員の戯言。未熟者による日々研鑽の記録。

永遠の課題、カリキュラムの柱となる探究をどう組織するのか?

  大学院で総合学習開発演習という授業を履修しており、そこで45分を自由に使って発表・授業をすることになった。そこで何をするか考えるついでに記事にしようと思う。

新版 学び合いで育つ未来への学力―中高一貫教育のチャレンジ―

新版 学び合いで育つ未来への学力―中高一貫教育のチャレンジ―

 

  上は私の母校兼未来の勤務校(自称)及び東京大学教育学部・教育学研究科の教授の方々が書いた本である。恐るべき著書。この本の内容を引用しつつ、私自身の母校での学びをふりかえり、私が考える同校のカリキュラムの良さや改善すべき点、改善案を挙げていく予定だ。同校の総合学習カリキュラムは以下の通り。

 基礎期(1・2年)は決められた授業で、フィールドワークを通して学ぶ。充実期(3・4年)は2学年合同の少人数選択講座(課題別学習)で学ぶ。そして、それらの集大成として4年3学期のはんこ回り(教員に探究するテーマの相談をし、3人の教員から担当してもいいよというGOサインのはんこをもらうという慣例。3人のうち1人の教員が卒業論文の指導を行う)から探究活動をスタートさせ、6年の7月まで16000字程度の卒業論文を執筆する卒業研究に取り組む。

 私の考えるこのカリキュラムの良さは教科学習とは異なった興味・関心という学びの器を育てている点にある。特に、課題別学習は教員の設定した講座から自由に選択出来(と言っても人数が偏らないように人数調整するため必ずしも第一志望の講座を選択できるわけではない)、伝統芸能を体験する講座や大学数学の教科書を読む講座、町のバリアフリーを探す講座など実に多彩な学びが展開される。

 私の考えるこのカリキュラムの改善すべき点は問いを立てて探究する経験が集大成に当たる卒業研究だけであり、探究のスパイラルが6年を通して複数回経験できない点が挙げられる。個人でテーマを設定し、調べレポートを書く経験は非常に充実しているが、問いと答えとの間の長い探究は卒業研究でしか経験しておらず、学習者に依存する部分が大きい。母校でよく言われたことに「卒業研究は調べ学習ではない」がある。このことを全員に実感させたうえで卒業研究という枠の中の探究に向かわせるようなカリキュラムを再考する必要があるのではないかと思うのである。言うは易く行うは難しであるが、卒業研究で書く論文と今まで学んできたレポートとの区別があいまいだった私としては(今でもかなり難しいが)こうした卒業生を今後出さないでほしいのである。

 

学びの技 (YOUNG ADULT ACADEMIC SERIES)

学びの技 (YOUNG ADULT ACADEMIC SERIES)

 

 

 

  発表では上の本などを参考に論じていければと思う。個人的に課題別学習は保持しつつも、その中で探究的な要素を各講座に取り入れていくのが良いのではないかと思っている。