虎哲の探究

単なる私立校国語科教員の戯言。未熟者による日々研鑽の記録。

日本国語教育学会高等学校部会研究会@群馬大学

ということでちょっとしたまとめを。

 

「こころ」の広告文の制作・発表による主体的・創造的な読みの習得(群馬県立高崎高等学校 藤生揚亮先生)

 

大学生・社会人のための言語技術トレーニング

大学生・社会人のための言語技術トレーニング

 

 藤生先生はこの本を参考に要約指導に取り組んでいるそう。結末との関連が希薄な単語は除外し、因果関係の濃い単語だけを抽出する〈因果法〉で抜き出した5つの単語〈キーワード法〉を他人と交換して文章にまとめ要約を作成し、3人グループで1人の作成した要約を意見交換して添削して発表する形式である。

 この要約に加え、小説の広告制作を最後の言語活動に組み込んでいる。「こころ」の広告制作の計画・準備・発表・相互評価も随時学習計画に組み込んだ7時間扱いの授業である。広告制作の発表形態について指定しなかった為CM制作をしたグループが多かったそう。映像制作のハードルは非常に低くなっているのであろう。

 

hama1046.hatenablog.com

 

 この実践で得られた知見を紹介しつつ、映像制作は解釈を反映するので、それまでに行ってきた要約との関連を持たせた方が良いと思い、CMよりも要約した部分の映像化もよいのではという質問をした。藤生先生はその考えを受け入れつつ、分かりにくい文章の映像化も生徒にやらせ、それをストックしていくのが良いのではないかと仰った。

 石塚修先生は映像制作を通し、言語表現の持つ特性と映像表現の持つ特性に気づかせることも重要ではないかということを指摘した。単に映像は分かりやすく、文章は分かりにくいということを超えて言語表現の特性のより深い理解を持てるとよいのだろう。

 生徒が発表の機会によって自分の読みを作り出す創造的な読み。読みの解釈を一方的に受容する授業一辺倒からの脱却として効果的だろう。

 

探究的に学びを深める古文指導―『徒然草』を用いた授業実践―(群馬県立前橋高等学校 村岡祐介先生)

 新学習指導要領下では探究がキーワードがなる。総合的な学習のような探究のプロセスを取り入れた学びを古文指導で行うことによって生徒の学びがどのように変わるかを知ることが村岡先生の授業のねらいである。

 村岡先生は初見で文章のどこまで分かるかどこから分からないかを知るということを重視し、予習をしないような形式に変更した。また、授業は自分で課題の設定をしてグループで現代語訳を作り、グループに授業者が質問してそれを班員で相談して答え(情報の収集)、自分の課題解決に有用な情報を整理・分析し、個人で答えをまとめてそれをグループで、グループ内でよかったものはクラスの共有(表現)し、新たな課題の設定として今後古文で学んでいきたいことを生徒自身に示させるという流れだった。

 村岡先生は探究のプロセスを繰り返すことで、問いや探究の深まりが期待できることやこの形式で授業を行ったことで改めて単語や文法などの基礎の重要性に気付いたことを強調なさっていた。

 私が持った問いは以下の3つである。質疑の中で実際に探究を授業に組み込んだ村岡先生の考えるお答えを聞いてみた。

・「探究のプロセス」の組み替えについてはどのように考えているか。

「探究のプロセス」や新学習指導要領で示された国語科学習過程は必ずしもその順番でなければならないわけではなく、場合によっては組み替えることも考えられるのではという趣旨の質問である。

村岡先生はその通りであるとして、実際学習者からもそのような声があったこと、学年が進めば組み替えていくことも考えられるとの解答いただいた。

・題材の選択性についてはどのように考えているか。

教科書に採られている箇所を学ぶことも重要だが、それに加えて学習者が学ぶ題材を選ぶことがあっても良いのではないかという趣旨の質問である。全く持って自由とすると教師の教材研究が追い付かないが、「探究」という以上ある程度の制限下で学習者が題材を選ぶ自由度があってもよいのではと思ったのである。

 村岡先生は選択性の重要さを認識しつつもテスト等の実情もあり厳しく、生涯学習的な大きな学びのスパンで学習者が自ら学んでくれればとの解答を頂いた。

 テストを完全に否定するわけではないが、それによって学びが制約されてしまうこともあるのだなと考えた。探究的に学ぶ際のテスト・評価のあり方も今後求められるだろう。

・協働はもちろん大事だが、探究を突き詰めると自ずと個の学びになっていく。このことに関してはどのように考えているか。

 難しい質問であるが、協働という手段に重きを置くとダメだが、目的の達成のために協働は必要というような解答を頂いた。

 自分の質問が悪く聞きたいこととと少しずれてしまった。個の学びをどこまで許容しどのように支援できるかもまた今後考えていく必要がある。

 

  早稲田大学町田守弘先生、茨城大学鈴木一史先生は日本国語教育学会は学会だが単なる研究会だけでなく学び合う会、実践から学ぶ会だという言葉があった。高校国語科は「さざ波」で済まない大きな変化が予想される。学び合う会・実践から学ぶ会に学び大きな変化を乗り越えた実践を展開したい。

 

高等学校国語科 新科目編成とこれからの授業づくり (シリーズ国語授業づくり)

高等学校国語科 新科目編成とこれからの授業づくり (シリーズ国語授業づくり)

 

 この本のご宣伝もありました。