虎哲の探究

単なる私立校国語科教員の戯言。未熟者による日々研鑽の記録。

全国漢文教育学会教育講座2日目②

先日に引き続き。3日目については明日。

 

hama1046.hatenablog.com

 

 

交流会

 教育講座において初の試みだという交流会(休み時間で行ったことはあるそう)。各グループ10名ほどで自己紹介、漢文の指導で困っていること、新学習指導要領への対応、漢文教育研修会への要望などについて意見交換をした。

 交流会を講座の中に組み込むというところに全国漢文教育学会が新しい教育に向けている本気度が伝わってくる。しかしながら、そんな想いも空しく、偉い先生のご講義が聞きたい!会員同士で話してもしょうがないだろ!という先生が数名帰られたそうである。彼らは上から下に流れるという知識観から抜け出せないのだろう。自らが協働せずにこれからの教育の波を乗り越えられるのだろうか、またそれぞれに事情はあるだろうが6コマあるうちの1コマぐらい力を貸していただけないのか。いずれにしても同僚にいて欲しくないタイプである。

 交流会においては様々な立場で教育に携わっている方の悩みや考え、経験を聞くことが出来た。まずは以下に漢文指導でお困りだという悩みとして出たものを示す。

・漢文専任ないし専門性のある先生が減り、かつ教師自身が漢文に興味を持っていない。どのように漢文好きな教師を育てるか。

・音訓の感覚すら希薄になってきているほど漢字の読めない生徒にどのように漢文指導をすべきか。

・自身が漢文を読めない。(訓読というよりも背景知識の不足)

中高一貫校における漢文のカリキュラム編成をどうするか。

・漢文の時間が取れない。(3年間で2.5時間ほど)

時代の変化に伴い様々な要因で漢文の扱いが減ってきている実態があるようだ。加えて教師の側が漢文に対する興味・知識を持つためには、当然のことながら読書や学会参加など地道な努力が必要だということで落ち着いた。国語科の教員は、私の専攻する国語科教育学だけでなく、日本文学(上代・中古・中世・近世・近代・現代などの時代だけでなくジャンルの違いもあろう)、漢文学(日本と同様)、国語学、(最近はメディア・リテラシー)など幅広い分野の知見が必要になる。全てについて専門といえるまでの知識をつけることは難しいにしても、苦手だから好きじゃないからという理由で全く扱わないということは問題である。全体会で出た話を先取りして言うと、大学において高校で全く漢文について学んでいないという学生が毎年数名いるそうである。実際にそういった指導をしていた先生に話を聞いたところ「私漢文嫌いなので」と言われたという。入試で扱う大学が少ないにしても、全く扱わないというのは明確な越権行為ではあるまいか。大村はま先生が教壇から引き釣り下すレベルの業人、なんとも胸が痛い話である。漢文に割ける時間の少なさに関しては(本当は学習指導要領の通り古・漢の偏りなく扱うべきだろうが)ますますの指導事項の精選や指導の工夫が求められる。農業高校に勤めていた先生は、生徒が授業で菊を育てていた時期に菊を扱った漢文を題材とした時いつも以上の食いつきや授業の深まりが出たこと、象形文字について扱った時「馬などは何故横から見た形なのか」「人も横から見た形だと知っていたなら金八先生のような誤解は生まれないのに」などといった食いつきを見せたことなどを報告し、学習者の興味・関心に注目した授業のあり方の重要性を示唆していた。

 新学習指導要領への対応についての話ではどこの学校もあまり話題に上がっていない(日々の業務で手一杯でありしたくても出来ない)という実態を知り、現場の大変さを痛感した。改めて大学院で学んでいる私が動向を学び、現場へと還元していかなければいけないという責任を感じた。新学習指導要領下でどのような漢文指導ができるかは考えるべき問題であろう。

 グループの先生方の漢文教育研修会への期待・要望としてはいわゆる定番教材の扱い方や指導に使える知識が多かった。私は新学習指導要領下の実践に資する教材開発や提案を希望・要望として伝えたが、司会の先生から教科書における漢文教材は精選されつくしているから扱い方が変わったとしても中身は変わらないという見解を言われただけであった。半分その見解に納得しつつも、全国漢文教育学会を挙げて新学習指導要領下の漢文教育を先導していこうという気概をもって探究して頂きたかったテーマだっただけに失望があった。

 交流会全体は知識の浅い私にとっては非常に有意義だったが、考えの深まりという点で他の参加者にとっては今一つだったのではないかという感想を持った。予め与えられたテーマについてアンケートを取り、焦点化してグループで話し合うという形式でもよかったのではないか。また、司会の先生とグループの先生との話す割合が1:1であり、基本的に発言者と司会のやり取りに終始し、グループの先生同士で話すということが少なかったのが決定的にまずかったように思う。

 

交流会後の全体討論

 休憩をはさみ、全グループの内容の報告と全体協議に移った。当然のことながら全グループの報告はおおよそ似通ったものであった。上に示した交流会(第4グループ)において出なかっただけをかいつまんで示す。

第1グループ・・・国語総合と新テスト(現高1が直面する問題)、アクティブ・ラーニングとの対応、『こころ』『山月記』と漢文との接点

第2グループ・・・レベル差のある学級にどうアプローチするか、漢文を学ぶ動機付け

第3グループ・・・同じ教科を持っている教師との申し合わせについて

第5グループ・・・ICT活用、楽しみながら学ぶことと定着とのバランス

 以上から、①生徒の興味・関心にどのようにアプローチするか②足りない時間でどのように工夫するかについてを全体で討論した。

①生徒の興味・関心にどのようにアプローチするか

 第5グループの先生が、生徒にその日学んだ句形を使った漢作文・漢詩を創作させ、ロイロノートに提出させよいものを共有するといったICTの活用事例を報告なさった。他の先生は漢文への抵抗をなくすため漫画を活用していること、漢詩の英訳や中国語の漢詩朗読CDを活用していること、唐詩の読み書きで読み解く視点を与え歴史上の人物の書いた日本漢詩の批評や作者当てを取り入れていること、写真やDVDを見せ漢詩の風景を見せるといったことを報告した。私は大学院の授業で学んだ黄遵憲『日本雑事詩』が現在の「外国人から見た日本」ブームと符合しているため生徒が興味・関心を持ちやすいのではないかと発言した。生徒の興味・関心を喚起する題材・指導法を見出すためには、幅広い知見と学習者の適切な把握が必要だと司会の方が総括された。

②足りない時間でどう工夫するか

 交流会の内容と重複する部分が多くあった。年間指導計画を学校のインターネット上で共有しているため、前年の年間指導計画を下敷きにどういった指導ができるかを考えられるという私立高校の先生の報告があり、自分の赴任する学校もそのような体制が整っていればいいなと感じた。

 

おまけ

 同じグループに小石川中等教育学校に勤務されていた先生(現:筑波大学附属高等学校)がいらっしゃり、小石川の探究カリキュラムや国語科との関連について伺うことが出来た。それだけでなく1~5年まで持ち上がりで持たれていた時に実践された指導内容及びそこで行った活動や身に付けた技能についての資料をくださった。いろんな学年や教科を担当する(母校はこの体制)のもよいが、持ち上がりも魅力的である。灘は6年持ち上がりで、担当学年の教科は全て一人で担当するということをIBセミナーで聞いた。発表内容も素晴らしく、私の研究にドンピシャだったので質問させて頂いた。その後の懇親会でお声かけ下さり、名刺も頂いた。理知的でユーモアセンスもあり、さすが灘の先生は違う!と圧倒されたのは良い思い出。

井上 志音 - 研究者 - researchmap

頂いた資料を拝見させていただく限り、探究に必要なスキルの育成が随所に施されている私の目指すべき指導の具体だと感じた。有難いことに、今後私の研究に関わる実践記録等の資料をメールでくださるそう。その先生及び素晴らしい出会いに感謝である。

皆さん、学会・研究会に行きましょう!(余計なお世話)