虎哲の探究

一介の公立中高国語科教員の戯言。未熟者による日々研鑽の記録。

公開シンポジウム「国語教育の将来―新学習指導要領を問う」のいまさらまとめ

http://www.scj.go.jp/ja/event/pdf2/279-s-0801.pdf

8/1にこちらに行ってきた。名古屋大学教育学部附属からのとんぼ返り、そしてその足で関西へというドタバタ日程だったが行ってよかった。

(私の知る限りの)諸氏によるまとめ

 

石田喜美先生(だと思われる)によるまとめ

 学部時代の同期で、今は横浜国立大学大学院院生の友人に伴われて挨拶し、石田先生による読書学会発表についての感想を伝えられたのはよかった。

ynukokugo.blogspot.com

https://twitter.com/vivencia82/status/1157254054839406592

 

阿部公彦先生によるまとめ

→そもそも、用語が練られていないのか、危惧される行政の介入し過ぎにならないようある程度解釈の余地のある言葉遣いになっているかという問題があるだろう。基本的に私は後者の立場である。とはいえ前者であるならば、指摘を指摘で終わらせないために研究者は教育にコミットせざるを得ないだろう。シンポジウム後に日文協大会及び読書会で学んだからこそ抱いている思いである。研究者側と実践者が共通認識できる言葉の構築が進むといいなと。

 大学院生の発言は言葉は単なる記号ではなく社会の認識を生むということを指摘した点でもっともだと思ったが、大上段から切り込んだ割に「○○と仰いましたよね」という発言で大滝先生の発言を斜聞きしていることが発覚し、「言葉に対する認識が甘い」というご自身の最初の発言のブーメランを食らう形になっていたのがシュールであった。

 

五味淵典嗣先生によるまとめ

note.mu

note.mu

 

 

 嬉しいことにこれだけ詳細なレポートがそろっているためまとめることがない。

 このシンポジウムも書籍化されるそうである。書籍の形式は分からないが、単なる文字起こしではなく、シンポジウムの内容を踏まえて一層考えを深めたシンポジストの考えが載せられるのだろう。その途中経過を生で見聞き出来たのはよかった。

 

シンポジウムの書籍化と言えば

 

 もしかしたら、私の言葉が載るとか載らないとか。

明治書院『日本語学』みたいに二冊送られてこないかなー。

hama1046.hatenablog.com

 

 

hama1046.hatenablog.com

 

まとめることがないとはいえ上記には書かれていない個人的に共有したい裏話を。

 

渡部泰明先生の恐るべき成長

 

  おこがましいが、1月シンポジウムからの半年間で渡部先生に恐るべき成長を感じたのだ。1月のシンポジウムでは話や人柄の魅力に惹かれつつも、「この人全然国語科教育から古典がなくなってしまうかもしれないことに正対してないじゃん!」と古典研究者の重鎮である渡部先生に対して抱いていた大きな期待が裏切られ、がっかりしていたのだ。今回は国語教育史を踏まえ、益田勝実の言葉を援用し、なおかつ益田勝実の言わんとしていることを古典から引用するということをやってのけた。

  感動のあまり休憩時間にお声かけし少し言葉を交わすと

高等学校国語科の教科構造―戦後半世紀の展開

高等学校国語科の教科構造―戦後半世紀の展開

 

 を読んで勉強したとのお言葉が。やはり私の睨んだ通りだ、と嬉しくなった。前回の全国大学の渓水社ブースで買うほど好きな本だったのでこの発見はシェアしたいなと。

 

 お時間のある方は以下の記事の全国大学編をチェックだ!

hama1046.hatenablog.com

 

益田勝実の仕事〈5〉 (ちくま学芸文庫)

益田勝実の仕事〈5〉 (ちくま学芸文庫)

 

 今欲しい本、ナンバーワン。

 

 提言の締めが「(必修科目として)総合国語を提案する」だったので、真の意味で総合国語を実現するための「現代の国語」「言語文化」への分化なのではと意見を書いてパネリスト陣に紙を届けると、パネリスト同士が意見質問を交流する時間で渡部先生直々に読んで頂き、大滝さんが私に反論するとしたらここだろうおっしゃる通りとしつつも

私はその先を見据えているのです!

ときっぱり。

ミキ昴生ではないが、「えっ?」「もうかわいいここまで来たら」となった。笑

いくつになっても成長し続ける教師でいたいなとしみじみ。

 

 

フロアの発言をめぐるあれこれ(ダイジェスト版)

 

「…エリートの議論!…」(3分後)「短めにお願いします」

 

というのは冗談で、科目細分化の是非についてや大学入試が本当に変わるのかということについて

今回も

司会に止められるまで

熱弁を振るっていた。(※登壇者ではなく、フロアの方です。)

細分化されていない科目として保健体育を例に出し、細分化すると資質・能力が育てられないということを述べられていたように思うが、話していた時間のわりにイマイチ理解が追い付かなかった。お年寄りや学会の重鎮に多い話しながら考えていくタイプなのだろう。

hama1046.hatenablog.com

  上の記事で触れている「現代の国語」「言語文化」二分化に対する渡邉久暢先生の危惧は彼の発言の真意に近いのかもしれない。

 是非一歩二歩の会参加者でかついずれ私と会う機会がありそうな人が彼に保健体育の例で何を言わんとしていたか聞いて頂けると有難い。

 会場で偶然母校の先生とお会いして少しお話する時間があったが、しれっと「私彼のTwitterフォローしてるのよねー」と衝撃カミングアウト。「え!先生のアカウントフォローしたい」と思いつつも平静を装った。彼とは直接は話さなくてもいいとのことだったので対面しているところは見られなかったが。

東附に行ってもTwitterやりたいものだ(?)