虎哲先生の探究

単なる大学院生の戯言。未熟者による日々研鑽の記録。

オスカー・ワイルド『サロメ』読書会@小学館

こんな企画があった。

  ミーハーな私はこの機会にと読者会に申し込み、『サロメ』を購入、読了した。

 

サロメ (岩波文庫)

サロメ (岩波文庫)

 

  全く存じ上げなかったのだが、最近『サロメ』ブームが来つつあるらしい。オスカー・ワイルドの作品は『幸福な王子』以外読んだことがなかったのでしみじみとくる良い話なのかなと思って読み始めて仰天。登場人物のほとんどが各々言いたいことを言っていて会話が成り立っていない、グロテスクな描写があると想像を裏切られっぱなしの戯曲で、読了後頭に?が浮かんだまま美しい描写に無理やり価値を見いだしたのであった。

サロメ』感想

 

読書会での収穫

 先のツイートにもあるように新たな読みを獲得した。

・エロドに共感する。サロメに思いを寄せるシーンは気持ち悪いおっさんそのものだがそこがかえって人間っぽい。(同じグループの大学生の方による「推しキャラは?」の答え)→この発想はなかった。他の登場人物が人間らしくないために気味悪く感じるという考えがあることを知った。ちなみに私の推しキャラはサロメで、理由は情熱的な美女に言い寄られたいからであることは恥ずかしいため言わなかった。

・登場人物が一方通行に相手を想っており、想っている方が想われている方の想っている方を見るなと束縛する。(ベルさんの解説より)

→例えば、20頁には、

 

若きシリア人 待て、王女が立つ!それ、テイブルを離れた!(中略)

ロディアスの侍童 見てはならぬ。後生だ、見るなといふのに。

 

というやり取りがある。エロディアスの侍童→若きシリア人→サロメという関係である。エロディアスの侍童と若きシリア人は共に男性であり、ここに同性愛が感じられるという解釈があるようだ。(※エロディアスの侍童はこのシーン以前も若きシリア人に対し王女サロメを見るなと言っている。)ほかにも若きシリア人→サロメ→ヨカナーン、エロディアス→エロド→サロメの関係においても同様の傾向が確かに見て取れる。興味深いのはサロメだけが見るなではなく見ろと強要するところである。視線に着目するとまた違った『サロメ』が見えてくる。

 

 他にも「サロメはなぜヨカナーンの首を欲しがったと思う?」や「エロドが特に「死者をよみがえらせる奇跡」を嫌った理由は?」(どちらもベルさんの配布資料より)について考えた際には初読で得られなかった読みの解釈が出来た。是非『サロメ』を読んで考えて頂きたい。

 

読みたい本も増えた。

サロメ

サロメ

 

 

→同じグループでお話しした方が勧めていた。

 

サロメ (光文社古典新訳文庫)

サロメ (光文社古典新訳文庫)

 

 

→劇の上演?のために依頼されて訳されたものだそう。福田恆存訳よりも聖書との対応が分かりやすく、注や解説が丁寧なのだそう。(本編より長いというのが名作古典あるあるでツボった)

 

 読書会はやはり良いものである。

 

 読書会と言えば

国語の授業の作り方: はじめての授業マニュアル

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 の第二回読書会開催(@京都市内?)に向け細々と準備を進めている。今のところ8/13か14のどちらかで開催を目論んでいる。

読書会では古田先生の本を中心にしつつも、こちらの本についても話が出来たらと思っている次第。執筆者の方来てくださらないかなー…。笑