虎哲の探究

一介の公立中高国語科教員の戯言。未熟者による日々研鑽の記録。

「言語文化」と漢字・漢文教育についての小レポート

 これも他山の石となると今日一日かけて取り組んだ稚拙なレポートを晒す。

 

序、

今回のレポートでは「漢文学演習」における講義「日本の文字文化と教育」を受けて、その教授内容を高等学校国語科の学習指導においてどのように活かせるかを検討する。

 

平成三〇年度版高等学校学習指導要領新設科目「言語文化」と講義との親和性の検討

 平成三〇年度三月に高等学校の次期学習指導要領が告示された。本稿では、そこで新設された必履修科目である「言語文化」における今回の講義に関わる部分を引用して考察する。なお、傍線は稿者による。

 

1 目標

言葉による見方・考え方を働かせ、言語活動を通して、国語で的確に理解し効果的に表現する資質・能力を次のとおり育成することを目指す。

⑴ 生涯にわたる社会生活に必要な国語の知識や技能を身に付けるとともに、我が国の言語文化に対する理解を深めることができるようにする。

⑶ 言語が持つ価値への認識を深めるとともに、生涯にわたって読書に親しみ自己を向上させ、我が国の言語文化の担い手としての自覚をもち、言葉を通して他者や社会に関わろうとする態度を養う。

2 内容

〔知識及び技能〕

⑴ 言葉の特徴や使い方に関する次の事項を身に付けることが出来るよう指導する。

  ア 言葉には、文化の継承、発展、創造を支える働きがあることを理解すること。

  ウ 我が国の言語文化に特徴的な語句の量を増し、それらの文化的背景について理解を深め、文章の中で使うこと。

⑵ 我が国の言語文化に関する次の事項を身に付けることが出来るよう指導する。

  ア 我が国の言語文化の特質や我が国の文化と外国の文化との関係について理解すること

  イ 古典の世界に親しむために、作品や文章の歴史的・文化的背景などを理解すること

  エ 時間の経過や地域の文化的特徴などによる文字や言葉の変化について理解を深め、古典の言葉と現代の言葉とのつながりについて理解すること。

  オ 言文一致体や和漢混交文など歴史的な文体の変化について理解を深めるこ

 

 まず、「言語文化」の目標において、

①我が国の言語文化について理解を深めること。

②言語が持つ価値の認識を深めること。

③我が国の言語文化の担い手としての自覚を持つこと。

が目指されていること、①の延長線上に③が存在するであろうことが読み取れる。「我が国の言語文化について理解」する上で、漢字や漢文が日本においてどのような役割を果たして、どのように発展してきたかを通時的に扱うことは必要不可欠であろう。こうしたところを重視して指導することで「言葉の持つ価値」の一端である漢字や漢文の価値というものに対する学習者の理解の一助となるだろう。

言語文化について現行の「国語総合」の目標には「言語文化に関心を深め、国語を尊重してその向上を図る」とあり、「言語文化」の目標がより高次なことを要求していることが分かる。

 次いで「言語文化」の指導事項について検討する。

 言葉の「文化の継承」「を支える働き」には例えば歴史叙述が考えられる。漢文が長きにわたって歴史を叙述する形式として用いられていたことを紹介することも考えられる。それに伴い「日本書紀」・「日本外史」の教材化が一層進むことも考えられる。なお、「文化の継承」について「高等学校学習指導要領解説」(以下「解説」)では「先人の築いてきた文化を自らに深く関わるものとして受け止め、その価値を後世に伝えるよう行動すること」(※1)と定義されており、その「行動」の一つが歴史を叙述することであろう。

 「我が国の言語文化に特徴的な語句」は「外国の言語文化ではなく、我が国の言語文化の中で磨かれてきた、日常的な語句とは異なる語句、日常的な語句とは異なる意味で使われる語句」、「文化的背景」は「語句の意味や用法を単に理解するだけではなく、それらの語句が成立した背景のうち、文化的な価値に関するもの」を指すと「解説」(※2)では説明している。例えば「大丈夫」という語の意味的変遷を通して、日本で漢語がどのように息づいたかを見ていくことも考えられる。宮城(二〇一九)の指摘した問題が解消され、中高生向けのCHJインターフェースが開発されることで学習者主体のこうした学習が充実するであろう。(※3)

 「解説」で「我が国の言語文化の特質」「我が国の文化と外国の文化との関係」について「我が国の言語文化の特質を理解するに当たって中国など外国との関係が重要」であり、「我が国は中国の文化の受容と変容を繰り返しつつ独自の文化を築いてきた」として「古文と漢文の両方を学ぶことを通して、両文化の関係について気付くことが大切」だと説明している。(※4)また、「歴史的・文化的背景」は「作品や文章について、その著された時代が我が国や外国の歴史の中でどの時代に位置し、また、当時の生活様式や社会制度、人々の価値観、人生観、美的観念などがどのような特徴を持っていたのなどの事柄のうち、その作品や文章に影響を与えていると思われる事柄」と説明している。(※5)「時間の経過」「による文字」「の変化」について、「まず、中国から借りてきた漢字のみを用いて書くことから始まり、やがて漢字を省略したり崩したりした片仮名、平仮名を漢字とともに組み合わせて用いるようになった。このことは文字だけに限らず、語彙や文体にも大きな変化をもたらした」と「古典の言葉と現代の言葉とのつながり」については「古典の言葉と現代の言葉には時間的な連続性があり、両者を時間を超えた一続きの言語文化と捉えることの重要性を述べたもの」と「解説」では説明している。(※6)そして「言文一致体や和漢混交文など歴史的な文体の変化」については今までに示した指導事項と密接に繋がりあった総体を「解説」で提示している。以下に引用する。なお、太字は原文ママ。(※7)

 

 歴史的な文体の変化とは、我が国が置かれた歴史的な事情から生じた我が国の伝統的な言語文化に特徴的に見られる変化である。文体の変化は文字や言葉の変化と密接な関係にある。

 国語の書き言葉は、古事記など日本式の漢文で書くところから始まった。一方、日本人の情感や自然への感覚を詠った万葉集は、漢字の音を借りた万葉仮名で書かれることもあった。やがて漢文を訓読するときに行間に書き加えられた漢字を省略した片仮名、万葉仮名を崩した平仮名が成立したことで、国語を自由に書き表すことができるようになった。

 和漢混交文とは、平仮名を用いて書かれた和文と漢字と片仮名を混ぜ用いて漢文訓読文とが混じり合って出来た文体であり、明治時代前期まで国語の一般的な文体として使われ続けた。また、言文一致体とは、近代化によって、誰にとっても読みやすく書きやすい文体が必要とされ、話し言葉に近付けた書き言葉に変えていこうという言文一致運動の結果、生まれた文体である。この言文一致体が、現代の書き言葉の一般的な文体となっている。

 このように現代の文体は、和文と漢文訓読文の並立から和漢混交文へ、そして言文一致体へという歴史的流れの中にあることを理解することが重要である。

 

 実に簡素にまとまったこの日本における文体史に具体的な肉付けを施し、立体的な言語文化の通史的検討を可能にするのが、今回の講義で扱われた文字文化及び識字教育の歴史である。特に現代の文体に多大な影響を及ぼす可能性のあった漢字廃止論(※8)や、実際に変体仮名の減少に決定的な影響を及ぼした明治三三年「小学校令施行規則」第一六条の改定などの学校教育の整備の影響も扱うことも大きな意義がある。

 

引用・参考文献

※1 文部科学省(二〇一八)「高等学校学習指導要領解説 国語編」(一一三頁)

※2 ※1と同じ(一一五頁)

※3 宮城信(二〇一九)「「日本語歴史コーパス」中高生向けインターフェースの開発に向けて」河内昭浩編著『新しい古典・言語文化の授業―コーパスを活用した実践と研究―』朝倉書店(一五五‐一六二頁)

 

新しい古典・言語文化の授業: コーパスを活用した実践と研究

新しい古典・言語文化の授業: コーパスを活用した実践と研究

 

 

※4 ※1と同じ(一一九頁)

※5 ※4と同じ

※6 ※1と同じ(一二一‐一二二頁)

※7 ※1と同じ(一二二頁)なお、近代における文体の変遷については齋藤希史(二〇〇七)『漢文脈と近代日本 もう一つのことばの世界』日本放送出版協会(二〇六‐二〇八頁)の教材化が考えられる。

 

 

※8 漢字廃止論については讀賣報知(一九四五年一一月一二日朝刊)社説「漢字を廢止せよ」の教材化が考えられる。漢字が無くなることでどのようなことが生じるか、そこから漢字が現代の書き言葉にどのような役割を果たしているか考えることが出来るだろう。