虎哲の探究

一介の公立中高国語科教員の戯言。未熟者による日々研鑽の記録。

【勝手に書評】上野千鶴子『情報生産者になる』

 

情報生産者になる (ちくま新書)

情報生産者になる (ちくま新書)

 

 安定のちくま新書

上野千鶴子『情報生産者になる』(ちくま新書)読了。381ページというボリュームであったが、続きが気になり気付けば約1週間時間を見つけてはこれを読むという生活を送っていた。本越しに熱量が伝わる。上野さんの教育がこの一冊に凝縮されている。

 「はじめに」において上野先生は、現場において学生が「情報生産者になる」ことを重視して指導していたと書いている。そんな上野先生の指導がこの本を通して伝わってくる。私は探究を通して、「知を求める人」を育成したいと考えている。中等教育と高等教育、現場は違えど理想とするところは変わらないと思った。理想を具現化するためにはある程度の体系が必要であり、この本は上野先生が作り上げた一つの体系を読者にもたらす。

 

この本には上野先生が作り上げた情報生産の方法論が量質ともに非常に充実している。探究と国語科との関連を研究している身である私としては、この賜物をいかに中高という実践の場に還元するか考えてみたいと思わずにはいられなかった。探究・国語科それぞれに活かせる部分が多いにあると確信している。

 

「Ⅰ 情報生産の前に」

 p.13からは情報生産の前段階として、情報や問い、学問について丁寧に説明されている。情報はノイズによって発生するというのはなるほどと思わされた。何事も自明だと思っていると情報は発生しない。外山氏の言う「セレンディピティ」を思い起こした。

 

乱読のセレンディピティ (扶桑社文庫)

乱読のセレンディピティ (扶桑社文庫)

 

  

 以降は時系列でツイートを基に振り返る。

「なぜならあなたの立てた程度の問いは、あなた以前に、あなた以外のひとによって、とっくに立てられていると考えるところから研究は出発するからです。」(上野千鶴子『情報生産者になる』p.22)

先行研究を批判的に研究せよというところでの一節。情報にアクセスしやすくなったというが自分が求める先行研究に巡り合うのはなかなかに難しい。

   教科書における学習の手引きの分析した研究絶対にありそうなんだけど…なかなか良いのが見つからない。現在の悩み・・・。良い研究があれば教えていただきたい。

  現在の研究の軸となる参考文献は上の本。のアメリカのクリティカル・シンキング教育を概観し、日本のクリティカル・シンキング教育や国語科教育に示唆を与えている点で価値がある。早く購入したい。酒井先生が示したp.258『図7-1「哲学的」討論から見た探究教育の構造』は現在行われている優れた探究実践の構造と符合する。

 

 

話を戻そう。

 

p.28-30に国語教育への言及あり。 首肯しかねる部分もあるが、重要な指摘。作文教育及び文学教育について言及している部分。首肯しかねる理由としては、作文は自分の想いを表明するもので学年が上がるにつれて文種を変えていくことや丁寧な指導が必要ではあるが書く意義がないとも言い難いから、文学が問いを孕んだもので問いを考えるうえで格好の教材であると私が考えているから、論理的な文章を増やすことがそのまま論理的な文章のアウトプットにつながるわけではないとかんがえているからである。

 

 問いをブレイクダウンする、自分の問いを自分で解く等は現在の研究によって分かっていること及び私の考えとマッチするためすんなりと読むことが出来た。

 

「Ⅱ 海図となる計画をつくる」

 探究がさまようものにならないため、学校現場でよく行われるゴールや期限のある探究でやるべきことを見失わないためにも、先行研究の検討や研究計画の立案は不可欠である。具体的な事例や研究計画書に沿って書かれているため意義が理解しやすい。かく言う私の研究計画書も見直さなければならないなと。

 「クレイム申し立ての宛先」という考え方はやはり看過できないと思った。私の研究で言えば、母校の国語科及びそこに勤務したい自分自身、探究に取り組む学校の国語科教員ということになろうかと思う。読んでほしい相手がいればそのために何を伝えるべきか精査することが出来る。自分一人で抱え込むものであればそれを想定しなくてもよいのかもしれないが、研究及び情報として発信する場合は必須の考え方である。国語科で言えば書くことの指導における「他者意識」にも通ずる。

 

「Ⅲ 理論も方法も使い方次第」

 本章では私を含めた初心者が躓きがちな「仮説」や「理論的枠組み」といった方法論について、マルクス主義や「孤独死」をテーマにした研究を具体例に挙げて説明している。

 私の研究で言えば、探究と国語科との関連を明らかにした理論の構築が目的であり、そのために様々に試みられている探究の理論や探究の要素と関連がある国語科の実践を紐解いていくことが求められている。調査方法はある程度限定されてきているが、研究方法すなわちどのような理論的枠組みを採用するかは定まっていないのが現状である。

p.154まで読了。今日はこの辺で寝ます。 豊富な事例と著者のフィールドである社会学の技法の解説が面白い。研究計画書に関しては早速練り直さないと… 次のページからの「Ⅳ 情報を収集し分析する」も楽しみ。

 

「Ⅳ 情報を収集し分析する」

 あらゆる質的情報は言語情報に置き換えられる、言語情報は語・言説・物語の3つの次元があり、論文はいわば言説を文脈化し一つの物語を紡ぐことという指摘が面白かった。

 質的情報の分析法として「KJ法」「うえの式質的分析法」が紹介されていたがこれらは体で覚えることが重要だそうである。再文脈化は普段のゼミでもよく行うことではあるが、新たな発見が起こるというところまで経験したことがない。今後行うインタビュー分析に取り入れようかと思う。

 半構造化自由回答法のインタビュー調査の方法や意義についてもこの本でよく分かった。自由回答法では聞きたいことをうまく引き出せず相手も困惑する、構造化された面接法は新たな気づきが得られる可能性は低いということであろう。

上野千鶴子『情報生産者になる』(ちくま新書)の「9.インタビューの仕方」は対象者の選択や方法論、心構えについても丁寧に言及されている。『よそのお宅に上がるときには、洗濯したソックスを持参して玄関で履きましょう』(p.183)という文からもその丁寧さが伺える。笑

 相手に与える印象も大切である。

 この章で取り上げられている様々な手法を駆使し、データに語らせる側面も持ち合わせた研究にしたい。

「Ⅳ 情報を収集し分析する」まで読了。 インタビューによる質的調査をどのように行うかは我が研究でも大事なところだ。というかそろそろ研究に協力して欲しい教員の方々にアポイントメントを取らねば…

 

「Ⅴ アウトプットする」

 目次や論文の書き方について書いてくださるのは有り難い。論文の書き方は上野ゼミ門下で武蔵大学准教授の松井隆志氏の文章を引用しているのも温かみや上野ゼミの雰囲気が感じられてよかった。読んでもらう以上読者にとって負担が少ない読みやすいものにしていきたい。以下は国語学の先生にお勧めしていただいた本。

 

論文・レポートの基本

論文・レポートの基本

 

  探究することに加え、それ皆で共有する情報とするための方法を指導するためにこうした本も参照していかねばなと。

 

  今読んでいるこの本の次に読みたい。

 コメント力は大学に入ってだいぶついてきたかなと思う。量を言うことを自分に課していく中で学んできたこの本で言われているように内在的/外在的、役に立つ/立たないの区別は非常に有効だと思う。

「Ⅴ アウトプットする」読了。目次やコメントについては学部3年でお世話になっていた古代文学ゼミで学んだことを思い出した。卒論提出前に目次検討、必ずコメントすることの重視。京大式カードはなかなか便利そう。

うちの古代文学の教授はすごいと思う。本当に尊敬している。高校で指導されてた頃のお話を聴きたい。色々なことを学ぶにつけ、本質的な指導をなさっていたんだなと驚かされる。勿論他の先生方も凄いんだけど。最近園長先生としての仕事がお忙しくて構って頂けないのが本当に悲しい。また授業受けたい。

 附属学校園の校長・校長業務希望制にしませんか?まあ、我が母校の校長も大学教授だったし、その恩恵は少なからず受けているから一概には言えないが。

 

「Ⅵ 読者に届ける」

 口頭発表はレジュメを読み上げる方法しか取ってなかったので、大いに反省すべきであると気づかされた。今後発表を多くこなしていかなければならない立場になると思うので課題としたい。

 単著の刊行は人生で叶えたい夢の一つである。単著において自分の問題意識や現状の考えを表明し、読者に探究の端緒を与えることが出来れば、これに勝る幸せはないだろう。そんなコンセプトがある、私が紹介するまでもない本。

 

国語の授業の作り方: はじめての授業マニュアル

国語の授業の作り方: はじめての授業マニュアル

 

 当ブログで最も読まれているのは、以下の記事である。

 

hama1046.hatenablog.com

 

『情報生産者になる』に戻ろう。

これは本当にオススメ。 「探究のプロセス」に必要な具体を備えているし、挿入されているエピソードは厳しくも熱量のある上野さんの教育が垣間見えるものである。探究の方法論を体系化したものには桑田てるみさんの著作にもあるが、高等教育で求められる水準で書いた本として優れている。

https://bookmeter.com/reviews/74921903

興奮覚めやらぬという感じで様々に感想を述べているので是非とも読んでいただきたい。

 探究に興味を持った方は以下の本も参照されたい。

思考を深める探究学習: アクティブ・ラーニングの視点で活用する学校図書館

思考を深める探究学習: アクティブ・ラーニングの視点で活用する学校図書館

 

 手に入れました。 控えめに言って好き。

 

 現在の研究に絡めて様々に『情報生産者になる』の魅力の一端を紹介していったが、最後は「あとがき」の上野先生の言葉を引用して筆を置きたい(パソコンですが)。

 

本書が学ぶ立場のひとたちにも、教える立場のひとたちにも、お役に立つことを願っています。

二〇一八年に盛夏に

                                  上野千鶴子